陸上

連載:いけ!! 理系アスリート

合格発表を見に行ったその足で陸上部の練習へ 京大農学部・木村佑(上)

6月7日の日本学生個人選手権男子1500m決勝に臨んだ木村(中央の697番、撮影・藤井みさ)

連載「いけ!! 理系アスリート」の第14弾は、京都大学農学部森林科学科3回生で陸上部の木村佑(たすく)です。全日本インカレ優勝を目指し、主に800mに取り組んでいます。2回の連載の前編は、茨城県鹿嶋市で生まれ育った木村が京都にやってくるまでの話です。

学生個人選手権は1500mで12位

6月7~9日に神奈川県平塚市で開かれた日本学生個人選手権には、京大から木村を含む4人が出場した。木村は1500mで決勝に進んで12位。本命の800mは1分55秒50で予選敗退だった。「5月の関西インカレ(800m4位、1500m2位)が走れすぎました。これで気持ちが入りました。暑い時期の方が得意ですし、ここからまた頑張ります」。レース直後は浮かない表情だったが、笑顔になって会場を後にした。

京大に進むことは、幼いころからイメージしていた。「茨城のど田舎なんで、成績がいいと『将来は東大だな』って言われるんです。そういうのに少し抵抗を感じてたし、父が大阪府寝屋川市出身だから関西の親戚もいて、京大を身近に感じてたのはありました」

スタート前に気持ちを高める(撮影・藤井みさ)

中学時代の駅伝で陸上に目覚めた

中学校までは野球をしていた。小学校のころ、将来の夢について「阪神のエースになりたい」と書いたのを覚えている。通った中学校には陸上部がなく、体育の先生に指名されたメンバーが、陸上の大会があると2週間ぐらい前から練習をして、出場していた。駅伝にも3年間ずっと出た。駅伝は中1のとき地区大会で下から2番目だった。「頑張ろう」と言い合って、中2で県大会に進んだ。そして中3では県で8位入賞を果たした。

この右肩上がりの成長が楽しくて、高校では陸上部に入ろうと決めた。

進んだのは県立の進学校である水戸第一高校。自宅の最寄りが鹿島臨海鉄道の鹿島神宮駅。水戸駅まで14駅。片道1時間半ほどかかった。

陸上部は各学年20人程度で、「レベルは低くなかったですよ」と木村。練習は放課後だけで、午後4時半に始まり、ジョグの日は午後6時40分ごろの鹿島臨海鉄道で帰っていた。ポイント練習の日は3時間ほど。木村は高2から好結果を出し始めた。春の県総体1500mで5位。秋には県で優勝し、関東選抜新人大会でも優勝。1500mと5000mでレースに出ていたが、顧問の先生は「スピードがついてきたから、800への転向も考えよう」と言った。記録会に出てみると1分58秒台で走れて、800mと1500mでやっていくことになった。

今春の高知での合宿から。思い入れがあるという水戸一高時代のユニフォームで走る(写真は本人提供)

「ヘンなヤツ」ばかりだった水戸一の陸上部

水戸一の陸上部の仲間は木村に言わせると「ヘンなヤツばかり」だった。学校で焼き鳥を焼いたり、アイシング用の氷でかき氷を作って食べたり。「青春18きっぷ」を使って、みんなで草津温泉に行ったり、山梨県にある仲間の別荘に泊まりに行ったり。「ほんとに楽しかったです」と振り返る。

ポイント練習の日は1本1本が勝負だった。「ほんとにバチバチで、ポイントの日は朝から緊張してました」。とくに高2で木村の強さが突出すると、中長距離ブロックの仲間たちが10人がかりで木村をつぶしにきた。ポイント練習になると、10人が入れ替わり立ち替わりに先頭に立ち、飛ばしてくる。木村もそれに負けじと食らいついた。

高2の県総体から高3の県総体まで主将を務めた。最後のインターハイには必ず出たい。そのためには高3春の北関東大会で6位以内に入らなくてはならない。「1500には東農大二高の西山(和弥、現・東洋大)たちがいて、レベルが高かったんです。800はそうでもなかったから、もう800に絞りました」。狙い通りに北関東大会で優勝。夏の岡山インターハイ出場を決め、本番でも1分52秒27で全国5位に入った。

「駅伝で区間賞をとりたいと思って入った陸上部でしたけど、トラックが楽しくなって、高2で県優勝、高3はインターハイで入賞できて。充実してました」

全国5位になって岡山から戻る新幹線の中で、茨城県陸上競技協会の関係者から「秋の国体に出てほしい」という連絡があった。これを断った。木村はインターハイ限りで引退すると決めていた。「大学でしっかり走りたいからこそ、インターハイが終わったら受験勉強を頑張ろうと思ってました。最後だからインターハイで頑張れたってのもありますし」。国体出場のオファーに心は揺れたが、断った。自分の描いた道を貫く強さがあった。

センター試験にかけ、「ワンチャン」ゲット

学業面では模擬試験で学年320人中50位ぐらいが定位置だった。「理系を選んだというより、文系じゃないな」と理系を志望。でも勉強を進めていくと、国語が好きになった。「古典にいい先生がいて、うまく解けるようになったんです」。その先生が常々触れていたのが「文武不岐」という言葉。「勉強とスポーツは一体であって、これを当たり前にしてやりなさい、と。だからずっと、そういうものだと思ってやってます」。古典の先生が、木村の中に文武両道を植え付けてくれた。

前述のように幼いころから京大を意識してきたことと、地質工学を学びたいという思いから京大理学部を狙った。だが理学部はバリバリの2次試験重視で、木村が現役で合格するのは厳しいと分かってきた。そこで京大農学部森林科学科に志望を変更した。「研究内容はやりたかったことと似てるし、センター試験の配点割合が高いので、センターに振り切って勉強したらワンチャンあるな、って」。そしてセンター試験で91%の得点を稼ぎ、2次試験は半分できれば合格という計算になった。関西の親戚の家に泊まって受けた京大の2次試験は、初日の数学で失敗したが、2日目の理科が簡単に感じ、「受かったかな」という感覚があった。

合格発表はネット上で確かめるのではなく、京大まで見に行った。京阪電車の出町柳駅で降りて京大へ向かう道中、「落ちてるんじゃないか」という思いばかりが増幅した。果たして、合格していた。木村は勧誘に来ていた陸上部員を探し、声をかけた。「今日、練習に参加させてもらえませんか?」。受かっていたら走る気満々で、ジャージとランニングシューズを持ってきていたのだ。

極めて積極的なスタートを切り、木村の京大での陸上生活が始まった。

鴨川で、京大の仲間たちと(写真は本人提供)

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