大学陸上・駅伝

連載:いけ!! 理系アスリート

特集:第96回箱根駅伝

箱根駅伝にあこがれ、都市計画に夢膨らませた 筑波大理工学群・猿橋拓己(上)

猿橋(右)は今年の箱根駅伝で初めて、小学生のときからあこがれていた舞台に立った(撮影・藤井みさ)

連載「いけ!! 理系アスリート」の第23弾は、筑波大学理工学群社会工学類3年生で、陸上部の猿橋拓己(桐光学園)です。筑波大としては26年ぶりの出場となった今年の箱根駅伝で、猿橋は3区を走りました。2回の連載の前編は、筑波大を目指すまでの道のりについてです。

ラクロスでも論理的に体系立てて成長してきた 東大工学部・鍛冶維吹(下)

26年ぶりに伝統校が箱根路に戻ってくるということもあり、昨年12月の筑波大の合同取材日には、多くのメディアが駆けつけた。ほかの大学の合同取材とは異なり、一人の選手に30分ずつ、たっぷりと取材時間が設けられていた。おそらくほとんどの選手にとって、初めての経験だっただろう。かなり緊張していた選手もいたが、猿橋はときに笑顔を見せながら、楽しそうに質問に応じていた。

高校では3000m障害で勝負と決心したが……

東京都町田市出身の猿橋は、小学校のマラソン大会で1位になっていたこともあり、「自分は長距離に向いてるのかな」と思っていたという。加えて、小さいころから家族そろってテレビで見ていた箱根駅伝も、陸上への思いを後押しした。「あそこを走りたい」というほどの強い意志ではなかったが、「かっこいいな」というあこがれが芽生えた。小6になるころには「陸上をやりたい!」と家族にも話していたという。

中学の陸上部で先生がつくるメニューに取り組み、中1の最後の大会では3000mで自己ベストを約40秒も更新。中2で神奈川県大会に進出し、中3では全国を目指せるレベルにまできた。個人としては全国大会出場、チームとしては駅伝で関東大会出場を目標に掲げていたが、ともにあと一歩のところで逃した。悔しさを胸に、桐光学園高校に進んだ。

全国の舞台に立つにはどうしたらいいのか。猿橋は自分の適性を改めて考えた。自分には800mや1500mで戦えるスピードはない。かといって、長距離の花形とも言える5000mで各校のエースと戦えるのか。悩んだ末、「3000m障害で勝負しよう」と決めた。

高校時代、猿橋は3000m障害でインターハイを目指していた(撮影・北川直樹)

そんな猿橋にとって、高1の9月にあった神奈川県高校新人大会の3000m障害決勝は、高校時代を通じて最も鮮明に記憶に残るレースとなった。その1週間前には5000m決勝があり、5位で関東大会出場権を獲得した。猿橋自身もうれしい結果にテンションが上がり、先生からも「3000m障害では表彰台を狙いにいけ!」と発破をかけられていた。満を持して迎えたレース、猿橋は1周目の水濠の手前で選手と接触して転倒。障害に顔面をぶつけてしまった。そのまま救急車で運ばれ、入院となった。

狙っていたレースで大けがをしてしまったというショックもさることながら、それ以上に猿橋の気になっていたのが先輩との約束だった。例年の3年生はトラックシーズンが終わると引退し、大学受験の準備に入っていた。しかし、当時3年生だった南駿(現・防衛大4年)は「受験も大切だけど、猿橋と一緒に駅伝を走りたい」と、11月の神奈川県高校駅伝に向け、競技を続けていた。

先輩の気持ちに応えたい。なんとか駅伝に間に合わせ、猿橋自身も思う走りができた。「ありがとう」。南は猿橋に涙を流しながらそう言ってくれた。南はいまも競技を続けており、昨年の箱根駅伝予選会にも一緒に出場した。「自分もこれから走るっていうのに、自分のことよりも『猿橋、頑張れよ!』と応援してくれるような先輩なんです」と猿橋は笑顔で教えてくれた。

高校こそは全国の舞台に立ちたいと思っていた。そのために3000m障害で戦うと決めたが、あの大けがが脳裏をかすめる。先生にも「本当に大丈夫なのか?」と心配されたが、「でも上を目指すならそれしかない」と心を決めた。高2のときには神奈川県大会で6位になり、南関東大会に出場。だが、その先には進めなかった。それでも少しずつ、力をつけているという実感はあった。

ビルだけじゃなく町をつくりたい

陸上に情熱を注ぐ一方で、この高校時代で猿橋の将来の夢もはっきりしてきた。週末にはよく新宿を訪れていた。もともと建築に興味を持っていたこともあり、自然と一つひとつのビルに目が向いた。すると「町田と新宿って同じ東京だけど全然違うよな。このビルとか町って誰がどうやってつくってるんだろう」という興味に変わっていったという。

昨年12月の共同取材のときにも、猿橋はうれしそうに都市計画の面白さを教えてくれた(撮影・松永早弥香)

高校時代に親しんだゲーム「シムシティ」もまた、都市計画への興味をかき立ててくれたものの一つだ。プレイヤーが市長になって自分だけの町をつくるというゲームであり、猿橋も「どういう町だったらかっこいいかな」と想像しながら遊んでいた。「どこにコンビニをつくったら繁盛するのか、どこに上下水道や工場があったら住みやすいのか。考えてみれば単純なんですけど、面白いなって。すごい上手な人のつくった町を見ては『自分はまだまだだな』って思ってましたね」

将来、都市計画に関わる仕事がしたい。そんな思いから進学先を考えていたら、まさに猿橋が求める学びが筑波大にあった。高2の秋には筑波大に絞り、その冬には弘山勉監督が指導する陸上部の練習にも参加した。箱根駅伝に向けて走るチームに触れ、弘山監督の思いに触れ、陸上にあこがれるきっかけになった箱根駅伝を走る自分を思い描いた。ただし理工学群にスポーツによる推薦枠はない。「自分で頑張ります」と弘山監督に告げた。

そして公募推薦で理工学群に合格。「都市計画を学びたい」「箱根駅伝を走りたい」という思いを胸に、筑波での新しい生活が始まった。

大歓声を力に変え、夢の箱根路を駆け抜けた 筑波大理工学群・猿橋拓己(下)

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