指名漏れから立ち上がり、トヨタ自動車で活躍 千葉ロッテマリーンズ藤岡裕大2
連載「プロが語る4years.」の第8弾は、東都大学野球リーグ1部の亜細亜大からトヨタ自動車を経て千葉ロッテマリーンズで活躍する藤岡裕大(26)です。取材・執筆は4years.の野球応援団長である笠川真一朗さんが担当します。3回の連載の2回目は、大学時代のドラフト指名漏れと社会人野球の日々についてです。
「野球ができなくなるんじゃないか」という恐怖
ただただ、真摯(しんし)に野球と向き合い続け、しっかりと結果を出し続けてきた藤岡に大きな転機が訪れました。それが亜細亜大4年生の秋、プロ野球ドラフト会議です。
プロ一本でいくと決め、社会人野球からの誘いもすべて断り、ある程度の確信を持って迎えた日でした。「何位で呼ばれるのかな? そんなことを考えてた」と、当時を振り返ります。しかし、どの球団からも指名されませんでした。取材陣やチームメイトが集まった部屋はシーンと静まり返り、みんなが気まずそうな顔を浮かべ、異様な雰囲気に。寮の自分の部屋に戻ると、チームメイトに気を遣わせる。それが嫌で部屋には戻らず、大学内のトレーニングセンターでひとり眠ったそうです。「プロにいけなかった。申し訳ない」。藤岡は号泣しながら、親に謝りました。
「プロにいけなかった悔しさよりも、社会人野球のチームの誘いもすべて断ってたから『もう野球ができなくなるんじゃないか、野球を取られるんじゃないか』っていう不安の方が大きかった。ものすごく怖かった」。それでも2日後には「おれがどうにかするから」と言ってくれた生田勉監督が、トヨタ自動車への道を決めてくれました。
生田監督の厳しくもあったかい言葉
「野球ができるならどこだっていい。野球じゃないと俺は生きていけない。そう思ってたから、まだチャンスがあるんだと立ち直れた。本当にありがたいことだった。いまの自分があるのは、生田さんとトヨタ自動車のおかげ。感謝しかない」。まっすぐな目でこう語った藤岡の表情が、すごく印象的でした。
ドラフトでの指名漏れがあっても、チームの試合はまだ残っていました。元気のない藤岡を見て、生田監督はこう言ったそうです。「みんなも履歴書を書いたり、いろんな準備をして苦労して社会人になろうとしてる。それでも落ちるヤツもいるんだ。お前もひとつの会社に落ちただけじゃないか! 試合もまだあるのにいつまでもメソメソするな! そんなやつはグラウンドに出てくるな!」。これで藤岡はハッと目を覚まします。
「厳しい言葉だったけど、可能性がなくなったわけじゃないと思えた。立ち直るきっかけを生田さんがくれた」と、何度も生田監督への感謝の気持ちを語りました。こうして藤岡は生田監督と強い信頼関係を築いてきたのだと思います。藤岡だけじゃなく、亜細亜大学にはそんな選手がたくさんいるのだと思います。
トヨタで外野に挑戦、都市対抗Vに貢献
そして藤岡は再びプロの世界を目指すために、社会人野球の強豪であるトヨタ自動車に進みました。
強い決意を持って臨んだ1年目。藤岡は自らの可能性を広げるため、大学時代の内野手ではなく、外野手に挑戦しました。そして1番ライトのレギュラーをつかみ、第87回の都市対抗に出場。リードオフマンとして見事な活躍で、チームの優勝に大きく貢献。若獅子賞のタイトルも受賞し、ここから社会人野球の世界でも好結果を出し続けました。
そして2年目には源田さん(壮亮、現・埼玉西武ライオンズ)が抜けたショートの定位置に座ります。第88回都市対抗の開幕戦、九州三菱自動車との試合は延長にもつれ込みました。そして藤岡は12回裏、サヨナラ満塁ホームラン! 僕はその試合を居酒屋のテレビでお酒を飲みながら見てました。胸が熱くなって、泣きそうになりました。「絶対にプロにいってくれ」と思いました。
指名漏れがあったから、いまがある
そして、その2017年秋のドラフト会議で千葉ロッテマリーンズから2位指名を受けました。藤岡の夢がひとつ叶(かな)った瞬間でした。指名されたときは「うれしいよりホッとしたな。とにかくホッとした。安心した。第一関門突破! と思った」。現実かどうか受け止められないぐらいにホッとしたそうです。
大学時代に経験した指名漏れ。心が折れてしまいそうな経験です。4年間頑張っていい結果を残してきたからこそ、余計に心が折れてしまいそうになると僕は思いました。初めからプロをあきらめて社会人野球の世界に進んだのとはワケが違います。「あそこで折れてるか、折れてないかで人生が変わってた」と藤岡は振り返ります。決してあきらめなかった、くじけなかった藤岡の大勝利です。僕も藤岡が指名されたときはすごくうれしかったですが、いまこうやって彼の話を聞くと、よりうれしくなりました。
「あの指名漏れの経験があったから、いまがある。あれがなかったら、いまの自分はいない。いま思えば神様が『お前はまだ早い。まだプロにいくな』と言ってたのかもしれない。試練を与えてくれた。そう思えるほど自分にとっては大きな転機だった。人生が変わった日だから。結果的にプロに進むことを考えたら、トヨタで外野に挑戦することで自分の可能性が広がったし、社会人野球の世界を経験したのはすごく大きかった。折れずに頑張って本当によかった」
涙を流した日の悔しさと恐怖心に打ち勝って自分の夢を手にした藤岡の覚悟と努力に、僕も感動しました。
社会人でプロ入りをあきらめる人もたくさんいます。プロを目指すにもリミットがあるのです。それは年齢です。最短の2年という期間でそれなりの結果を出してプロから指名されるのがいかに難しいことか。それは僕にもハッキリとわかるので、さらにすごいなと思いました。