大学バスケ

連載: プロが語る4years.

バスケがしたくて、少年は仲間を連れて街に出た 京都ハンナリーズ岡田優介1

岡田はBリーグプレイヤー、会計士、会社経営者などと多くの顔をもつ(提供・B.LEAGUE)

連載「プロが語る4years.」から男子プロバスケットボールのBリーグ「京都ハンナリーズ」でプレーする岡田優介(35)です。岡田は青山学院大を卒業後、現役選手のみならず会計士として、また3x3(スリー・エックス・スリー)のプロチーム「TOKYO DIME」の共同オーナーなどとしても活躍しています。4回の連載の初回は、バスケとの出会いについてです。

苦しんだ先の明るい未来を思って進み続ける 千葉ロッテマリーンズ藤岡裕大3完

点数がたくさん入るのが面白くて

岡田は日本バスケ界をけん引してきた一人だ。JBL(日本バスケットボールリーグ)時代からトヨタ自動車アルバルクで日本一を経験し、日本代表にも選出された。2018年1月に実施されたBリーグのオールスターゲームでは3ポイントコンテストで優勝を果たすなど、第一線で活躍し続けている。

コートを離れても世間の注目を集める。現役のプロアスリートでありながら、公認会計士試験に合格したからだ。そんな肩書もあってか、「優等生キャラみたいなところがあって」と岡田は苦笑い。そんな岡田のバスケ選手としてのルーツをたどると、ストリート系にいきあたる。

東京育ちの岡田が小学生だった1990年代、爆発的にあらゆるスポーツの人気が高まった。小3だった93年にはJリーグが華々しく開幕し、日本中で一気にサッカー人口が増加した。岡田少年も友達とともに、ボールを蹴り始めた。

同じ時期にもう一つ、特に若者を引きつけていたスポーツがある。アメリカのプロ選手マイケル・ジョーダンや、漫画『SLAM DUNK』が火をつけたバスケである。

兄の影響でバスケに触れた岡田は、「点数がたくさん入るのが面白くて」と、その魅力に引き込まれる。「サッカー少年団に入っていたんですが、練習をさぼってバスケをするようになっていきました。バスケが好きになって、サッカーはやめてしまった格好です」

スポーツでも勉強でも、競うのが好きな“ガキ大将”

ただし、サッカーのように少年団には入らなかった。正確に言えば、岡田の住んでいた地域には小学生のためのチームが存在しなかったため、所属できなかったのだ。それでもバスケをしたい気持ちは抑えられず、仲間を連れて街に出た。

「友達同士で自主的に集まってバスケをしていたんですが、結構ガチでやっていましたね。その練習を仕切るのが僕の役目になっていって、『今日はここに行こう』と言って隣町まで自転車ででかけることもありました。市民に開放されているコートで、割とちゃんと練習をしていたんです」。その日の仲間の数に合わせて、3対3や4対4の練習メニューを組むなど、何にも縛られることなく自分たちなりのバスケをつくり上げ、楽しんでいた。

そんなリーダー役だった当時の自分を「やんちゃな感じ」と振り返る。はやる気持ちが自然と自分を先頭に立たせていたが、その姿は教室の中でも変わらなかったという。

「人と競うのが好きだったんです。スポーツでも勉強でも、それぞれ得意とする同級生と競っていました。バスケもそうだし、勉強ならテストで『お前、何点だった?』という風に。だから真面目なリーダータイプというのではなく、ガキ大将的な感じでしたね」

「優等生」と見られることが多い岡田さんだが、自らの少年時代は「ガキ大将」と言う(撮影・齋藤大輔)

そんな負けん気の強い少年にとって、街中のコートは絶好の成長の場だったのかもしれない。広く市民に開放されている体育館などでは、同年代よりも年上と顔を合わせる機会が多かった。「普通に、大人がやっている夜間開放のコートに行っていました。だから当然、対戦相手は大学生や大人が多くなりましたね。いわゆるストリートバスケみたいな感じです」。年齢も経歴も関係ない“無差別級”での対戦で腕を磨いていった。

部活もストリートバスケも常にチャレンジ

中学生になると学校のバスケ部に入ったが、部活が終わってからも仲間と集まり、体育館が開かれている日は夜の9時くらいまで毎日バスケ三昧。さらにストリートの空気も吸い続けた。

「大学生とか20歳前後の人たちに面白がられて、いろんな場所にも連れていってもらって、助っ人のような扱いでクラブチームの大会にも出ていました。部活のバスケは、自分のバスケの3割くらい、という感じ。その辺の公園でのバスケや、大人に混じってのバスケには、プラスαになる部分は多くありましたね」

中には、年長者にひるまず挑戦してくる子供を生意気と見る者もいた。「身長が高くて、小学生のころから高校生くらいの見た目だったので、結構強く当たられることもあったけど、そのバチバチやり合うストリートバスケが面白くて……」。多感な少年は大人のコミュニティから多くを吸収していった。

現在に続く大きな武器であるシュートも、少年時代に出発点があるという。「ストリートは我流が多いんです。プレースタイルもいろいろで、ドリブルなどはちゃんと教わらないといけない部分もありますが、僕はとにかくたくさんシュートを打っていました。シュートだけは、自分で練習できますからね。シューティングはとにかくたくさんやったし、少年時代は伸び率も全然違うので、そうやって積み上げたシュート力のベースは、いまにつながっていると思いますね」

部活だから学べること、ストリートだから学べること。岡田さんはそれぞれのよさを子供ながらに感じ取っていた(撮影・齋藤大輔)

一方で、中学校の部活が嫌いだったわけではない。むしろ、そこにも現在まで続く岡田のバスケのバックボーンがうかがえる。

「部活は部活で好きでした。ただし、やらされる練習は好きじゃない。『自分がやっているんだ』って思って、自ら望んできつい練習をやっていましたね。フットワークとか走るといった、いわゆる基礎練習も周りの2倍やるんですよ。1回やったらもう1度列に並んで人の2倍やる。そういうノリで、楽しみながらやっていました」

何かの枠にはめられることなく、自分で世界を広げていく。そして、常にチャレンジを好む。現在のコート内外での岡田の原型が、すでに見えていた。

「関東で最も練習がきつい」と聞いて土浦日大高へ 京都ハンナリーズ岡田優介2

in Additionあわせて読みたい

Seriesこの連載をもっと読む

この連載の記事一覧へ

プロが語る4years.