大学ラクロス

連載:ラクロス応援団長・山田幸代コラム

澤穂希さんに私も救われた 他競技からも学べることはたくさんある

山田さん(左)はオーストラリアへの挑戦をきっかけにして澤穂希さんと出会い、今も交流は続いている(写真は本人提供)

みなさんこんにちは、ラクロスプレイヤーの山田幸代です。東京も緊急事態宣言が解除され、ステップ2に移行しました。少しずつではありますが、グラウンドに戻り始めている選手のみなさんも多いのかな、と思います。私も久しぶりにグラウンドに立ち、やっぱりいいな、としみじみ思っていました。グラウンドにラクロスゴールがある景色。私の一番好きな景色かもしれません。

コロナ禍のいま「自分と向き合う」 この逆境を次の成長につなげるために

挑戦する他競技の選手たちに技も心も教わった

今回はみなさんに、私がラクロスだけでなくあらゆるスポーツを通じて学んだことを共有したいと思います。私はスポーツ観戦が大好きで、たくさんのスポーツを見に行きます。みなさんも足を運んでいますか? 今、新型コロナウイルスの影響で試合やイベントなどがなくなってしまい、とても悲しく感じています。でも、たくさんの方法で見ることができますね。

私はただスポーツを見るだけじゃなく、いつも「ラクロスだったら」など置き換えながら見ていました。京都産業大の学生だったときからそうです。私達はありがたいことに、体育会ラクロス部としてたくさんのスポーツの選手たちと交流があり、その選手たちの雄姿をいつもチームメートたちと見に行っていました。野球、サッカー、ラグビー、陸上、バスケットボールにバレーボール、それ以外にもたくさん応援に行きました。

その経験からたくさんのヒントを得たことを覚えています。いろんな場面をラクロスに置き換えて考えるんです。そして、すぐにグラウンドに戻り、真似してみたり、研究してちょっと付け足してみたりと、たくさんの挑戦をしてみました。そこから得たものが今でも残っていることが多いです。

そして社会人になり、プロになってから次は、別の競技のプロ選手からもたくさん影響を受けました。私は2008年にオーストラリアでの挑戦を始めたんですが、同じようなタイミングで、サッカーのなでしこキャプテンでもあった澤穂希さんがアメリカに渡りました。ご縁があり、出発前にお話しすることがあってから、ときどきオーストラリアとアメリカで連絡を取り合いました。海外でプレーをするにはどういう心意気でいるべきなのか、どういうことを日本に持ち帰りたいのか。そんな話をよくしていました。あの時、いろんな苦難とぶち当たっていた私は、澤さんからの連絡に心を救われていたのを覚えています。

勝負の時のために、たくさんの情報を得て引き出しを作る

何の情報もなく海外に飛び出し、プレーする。とても大きな苦難と向き合うことになり、時には逃げ出しそうにもなりました。でももし私にもう少し情報や知恵があれば、全然違う環境にして挑戦できていたのかもしれません。だからこそみなさんには、たくさんの情報を集めてほしいと思っています。今使える情報でなくても、10年後に使える情報でもいいんです。頭の中に引き出しを作ることは、今までのコラムでもお話ししてきたと思います。

様々なことに興味を持ち、情報を得て、頭の中に引き出しを作る。その引き出しはいつか必ず役に立つ時がくる

オーストラリアでも代表監督によく言われました。頭の中にたくさんの引き出しを作り、それぞれの情報を分けなさい、と。これはとても大切なことなんだと思います。たくさんの経験がたくさんの情報を作ってくれることもあるし、たくさんのコミュニケーションが情報をくれることもあります。いろんなことに目を光らせ、自分の頭の引き出しにいろんな情報を集めてください。

今できることは何だろう? 楽しそうなことって何だろう? そう考えた時、きっと「見たい」「聞いてみたい」「やってみたい」という気持ちが湧いてくるはずです。そう思った時、どんなことでもいいです。何か行動してみてください。そうすることで、知らなかったことを知れたり、新しい情報を得ることができたりするんだと思います。それはすべてみなさんの財産です。その財産をたくさん集めてください。きっと、自分の挑戦の役に立つと思います。

私もまだまだいろんなことが知りたい! と思う気持ちが大きいので、どんどんいろんなことに興味をもって、進んでいきたいと思います。コロナとの戦いはまだ続いていますが、今、一人ひとりができることをしましょう。我慢の時ですが、みなさんの命が一番大切です。また元気に走り回れる日まで、一緒に頑張りましょう!

全国制覇も昇格もない……でも、2020年にラクロスしていてよかったと思えるように

ラクロス応援団長・山田幸代コラム

in Additionあわせて読みたい