大学ラグビー

連載:監督として生きる

創部10年目「真の日本一の集団に」 流通経済大女子ラグビー・井上愛美HC3

選手から贈られた笛を手にする井上愛美HC(撮影・斉藤健仁)

「ジャパンラグビーコーチングアワード」の優秀賞に初めて選ばれた流通経済大学女子ラグビー部の井上愛美(ちかみ、29)ヘッドコーチ(HC)を3回で紹介する連載の最終回です。選手引退後、HCとしてどのようにチームを育て、これから何を目指すのでしょう。

井上さんは2014年に流通経済大の職員となり定時の勤務に加え、日本代表合宿などで忙しい日々を送った。逆にチームは少しずつ結果を残すことが難しくなっていた。17年の女子7人制国内サーキット大会「太陽生命ウィメンズシリーズ」では4大会とも上位8チームが進出する決勝トーナメントに進出できず、総合順位は10位に終わってしまう。さらに、入れ替え戦では4位となり、コアチーム(優先的に大会に出場できる10チーム)から一度は降格が決まってしまった。

現役選手引退後、いきなりヘッドコーチに

結局、18年は他のコアチームが解散したことで、チームは繰り上がりなんとかコアチームに残留することができた。ただ、創設者である井上さんには「自分がもっとチームに関わってなんとかしないといけない。プレーでチームを引っ張るより違う面でチームを強くしたい」という思いが芽生えていた。目標にしていたワールドカップ(W杯)に前年出場し、この年の始めから学生時代から志望していた指導者の道に進むことに決めた。

井上さんは一選手からHCという立場になった。「一緒にプレーしていた選手が、いきなり笛を持って指導する。後輩や同期の選手はビックリしたでしょうね。私も少し戸惑いがありました」。井上HCは大学生選手と一緒に週6日は共同生活する日々を選択。「女子コーチでここまで、選手たちと向き合って指導している人はいないかもしれませんね」と苦笑する。

大学生選手と寝食をともにし、指導にあたる(撮影・大関学)

流通経済大学の男子ラグビー部には内山達二監督をはじめ、韓国出身の池英基HC、南アフリカ出身のチャールズ・ロウコーチなど経験豊富な指導者がおり、井上HCは、最初は先輩指導者にメニューを聞きながら教えていた。

井上HCは自分が7人制、15人制ラグビーの日本代表選手として世界で戦ってきた経験があり、指導面でも何でも自分で指導しようとしてしまい、どう指導していくか悩む日々があった。そんな中、池英基HCが、言葉の壁がありながら日本語で丁寧に指導する姿に大きな感銘を受けたという。そして、少しずつながら、選手の自主性に任すことができるようにもなってきた。

また、井上HCは「女子だから、男子と同じようにできなくてもしょうがない」と思ってしまう面があったが、内山監督らは女子チームに対しも「女子だからできない」とは絶対に言わず、男子とまったく同じ指導方法やメニューを授けてくれたことが大きなよりどころになった。

指導2年目で次々に好結果

井上HCが指導し2年目の19年は地元の茨城県で国体(7人制)が控えていた。太陽生命ウィメンズシリーズでは安定して決勝トーナメントに残ることができ、過去最高位の6位で残留を決めた。秋の国体には、単独チームで初出場し、リオデジャネイロオリンピックにも出場した選手が多数いたアルカス熊谷と自衛隊の合同チームの埼玉県を下して初優勝を収めた。

創部9年目のチームを日本一へ導いた(撮影・大関学)

続く15人制の関東大会では、女子の大学ラグビー界を長く引っ張ってきた日本体育大学を2度下して、20年1月の決勝では横河武蔵野Artemi-Stars(アルテミスターズ)を40-36で破って初優勝。さらに2月の全国女子選手権の決勝では再び、横河武蔵野と対戦し7-7の引き分け、創部9年目の初優勝となった。井上が選手時代には成し遂げられなかった快挙を、指導者として3年目に達成できた。

19年度、結果を残せた理由をたずねると、井上は「私の力ではなく、流通経済大のコーチや環境のおかげ。とても感謝しています」と、きっぱりと言った。男子ラグビー部の内山監督らがスクラム、ラインアウトを指導してくれたこともあり、FW戦は大きな武器となった。また引退した男子の4年生の選手たちがアタック&ディフェンスの練習につきあってくれたこともあったという。

手作りの優勝カップ

女子の全国選手権の決勝は、当初は熊谷ラグビー場のBグラウンドで開催される予定だったが、昨年のW杯でも使用されたAグラウンドでの開催となった。引き分けた後、規定にのっとり抽選が行われ、チームはいったん、準優勝となった。だが翌日、日本協会から「協会主催の選手権大会であることの重要性を鑑み、協議の結果、両チーム優勝とする」と発表があり、同時優勝となった。

つまり、決勝にもかかわらず引き分け両者優勝とならず、抽選の結果で涙を呑んでいたというわけだ。ロッカールームでは悔しさで泣いていた選手も多かった。そんな中、井上HCにはコーチ冥利に尽きるできごとがあった。抽選の責任を負わされて、「負け」てしまったキャプテンに対し、選手たちがボウルとサランラップの芯などで手作りした優勝カップを渡した。井上HCは「カップを作っている姿を見て、私も吹っ切れて笑顔になれました。選手たちの創造性には本当に感動し、曇っていた心が晴れた瞬間でした。自分の想像を超えた感動に出会ったとき、コーチとしての喜びをすごく感じました」

選手が手作りした優勝カップ(RKU GRACE提供)

中心選手だった4年生が抜けて、今年も4人の流通経済大の学生と筑波大の学生がチームの門を叩いた。オリンピック競技である7人制だけに集中するのではなく、「15人制ラグビーも7人制ラグビーも両方やりたい」という学生が入ってくる。22人の部員のうち20人は大学生である。大学生は全寮制で、今年も井上HCは寝食をともにしながら指導を続ける。

チームを指導し3年目、今年度の目標を聞くと、井上HCは「セブンズでももちろん日本一を目指していますが、新型コロナウイルスの影響で太陽生命ウィメンズシリーズは中止になってしまい残念です。15人制では昨年度は涙を流した後の全国優勝だったので、今年は笑顔で終われるような大会にして連覇したい」と前を向いた。
また今年度は井上HCがチームを作って節目となる10年目、ラグビーだけでなく、私生活や日々の取り組みなど、井上HCは「本当の意味で日本一になれるような集団になりたい」と気持ちを新たにしている。

さらなる高みへ、本気の指導

井上HCは指導している学生、選手には「社会人になっても、周りの人に元気や希望を与えるような存在になってほしい」という思いで接している。井上HC自身も「先輩たちがいたから今の私たちがいますし、先輩に続いていくためには私たちも輝いていかないと、その後が続いていかない」と自らに語りかけるように言った。

「女子スポーツの価値を上げたい」とさらに先を見据える(撮影・斉藤健仁)

指導歴は決して長くないが、女子ラグビーに対する井上HCの覚悟と気持ちは本物である。チームから日本代表選手を輩出することは大きな喜びだが、井上HC自身は「日本代表のコーチになりたいとかは思ったことはありません。目の前の選手たちの指導に精一杯です」と話すにとどまった。まだ29歳、近い将来は日本を代表するような女子ラグビーコーチになる日も来るはずだ。

コーチングアワードの優秀賞に選ばれた後、選手たちからホイッスルを贈られた。グラウンドでその笛を鳴らしながら、「女子ラグビー、女子スポーツの価値を上げたい」という覚悟を持ち、本気で取り組んでいく。

監督として生きる

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