陸上・駅伝

連載:4years.のつづき

特集:いざ、東京オリンピック・パラリンピック

「これを成し遂げたい、という目標を見つけるため」名古屋大学へ入学 鈴木亜由子1

2019年9月のMGCで2位となり、笑顔でゴールに向かう鈴木(撮影・佐伯航平)

今回の連載「4years.のつづき」は、東京オリンピック女子マラソン日本代表の鈴木亜由子(29、日本郵政)です。陸上の強豪校ではない名古屋大学に進み、力をつけた過程を4回の連載で紹介します。1回目は名大に入学した理由、そして目標を見つけ始めたことについてです。

陸上競技の強豪校ではなく名大を選ぶ

鈴木は名大に入学する際、競技をバリバリやって結果を残すぞ、という姿勢ではなかった。「明確な目標があったわけではなくて、これを成し遂げたい、という目標を4年間で見つけよう」と考えて名古屋の地を踏んだ。競技のことよりも、4年間で何かを学びとる、という意識の方が強かった。

経済学部を選んだのは、「どの業種にも応用できるから」という理由だ。実業団に進む力は当時からあったものの、大学卒業後の進路については幅広く考えていた。

名大で陸上競技を続けることは決めていた。中学時代に800mと1500mで全国チャンピオンになり、高校でもインターハイに入賞した。だが高校時代は足の甲を2度手術するなど、故障に悩まされ続けた。

中学3年時、都道府県対抗女子駅伝3区で区間賞を獲得した鈴木。中学には陸上部はなかったが全中を制した(撮影・朝日新聞社)

「競技面で大きな目標は立てていませんでした。まずはケガから復調することを一番に考えて、ケガをしない練習を積み重ねていく中で日本選手権、日本インカレ、杜の都駅伝(全日本大学女子駅伝)の3つに出ることが目標でした」

大学進学に際してはインカレ上位校も候補として考えていたが、練習を見学して名大に決めたという。「のびのびとやっていて、かつ意欲的な雰囲気を名大の陸上部から感じました。男子と一緒に練習できることも理由の1つでしたね。のびのびやって自分の力を伸ばせると思いました」

鈴木は競技実績で見ればエリート選手だが、母校の時習館高は愛知県東部では一二を争う進学校で、競技一色に染まった高校生活ではなかった。大学も“のびのびできる”ことが判断基準になった。社会人になる際に、創部1年目のJP日本郵政グループを選んだ理由にも通じる部分だろう。

実家は豊橋だが名古屋に部屋を借りた。練習が終わって豊橋に帰宅をすると22時を過ぎる。1人暮らしの大変さは予想できたが、食事をとるタイミングや勉強をする時間を考えると、実家から通学するのは無理だった。送迎や食事面など、高校までと同じように家族に負担をかけることもしたくなかった。

心が躍った世界ジュニア

大学1年時(2010年)の7月にカナダのモンクトンで開催された世界ジュニア(現U20世界選手権)が、大学入学後最初の大舞台だった。5000mに出場した鈴木は5位(15分47秒36)に入賞し、世界大会で戦う充実感を得た。

「海外レースも何もかも初めてで、わくわくしていました。海外旅行の気分に近かったかもしれません。目標順位も特に考えていませんでしたが、思い切り走って、外国選手と並走して、興奮しましたね。日本代表の責任感というより、JAPANのユニフォームに袖を通した喜びが大きかったです。チームJAPANを経験して何か1つでもつかめれば、と思っていました。私以外も、そういった選手が多かったと思います」

5000mで優勝したのはゲンゼベ・ディババ(エチオピア)だった。世界でも有名なディババ3姉妹の末妹で、真ん中の姉ティルネッシュは5000mで世界記録を出し、08年北京オリンピックで5000mと10000mの2冠を達成した選手だ。ゲンゼベも伸び悩んだ時期はあったが、14~16年にかけて屋外1500mの世界記録と室内4種目の世界記録を更新した。

ゲンゼべ・ディババは2015年の世界陸上1500mで優勝した(撮影・朝日新聞社)

また、一緒に遠征した日本チームのメンバーも豪華だった。男子では200mの飯塚翔太(中央大、現ミズノ)が金メダル、400mハードルの安部孝駿(中京大、現ヤマダ電機)が銀メダル、走高跳の戸邊直人(筑波大、現JAL)とやり投のディーン元気(早稲田大、現ミズノ)が銅メダル。女子でも10000m競歩の岡田久美子(立教大、現ビックカメラ)が銅メダルと大活躍した。

その後の成績でも、鈴木を含め何人ものオリンピック&世界陸上代表を輩出している。日本記録は走高跳の戸邊と、5000m・マラソン2種目で大迫傑(早稲田大、現ナイキ)、女子20km競歩で岡田が出している。“プラチナ世代”と謳われたメンバーだ。

だが遠征中の雰囲気は、そこまで張り詰めたものではなかったようだ。絶対にメダルを取るんだ、とか、オレ達はエリート軍団だ、といった張りつめた感じはなく、ジュニアらしいのんびりムードも漂っていた。そう鈴木は感じていた。

その中でも好成績を残したことがよかったのだろう。世界で戦うことが少しだけ、身近なことに感じられるようになった。

男子選手のBグループでスタート

男子選手との練習はどんな形で行っていたのだろう。当時の名大は金尾洋治氏(現東海学園大教授)が監督で、男女とも全日本大学駅伝出場を目指して練習に励んでいた。金尾氏は駅伝名門校の広島・世羅高出身で、全国高校駅伝優勝の経歴の持ち主。広島大、筑波大大学院で学び、名大研究生だった経歴もあり、名大の長距離指導を委託されていた。

負荷が大きいポイント練習は火木土曜日の週3回で、男子はS、A、B、C、Dとグループ分けがされていた。5000mのタイムでいえばSは14分台、Aは15分00秒~15分30秒、Bは15分30秒~16分00秒が目安で、SもAも4~5人程度。つまり男子の駅伝メンバーを争う選手たちがAグループにいた。

初めての日本インカレは5000mで3位。男子Bグループと練習をともにし、着実に力をつけた(写真提供:津坂雅博さん)

名大に入学した鈴木は、Bグループで練習を行った。

「金尾監督が2週間単位でメニューを作成されていて、そのときに誰がどのグループで練習するかも決められます。私もそれに従って練習していましたが、Bに入っていてもいけると思ったらAでやりましたし、Aだったときに厳しいと思ったらBでやりました」

金尾監督は「鈴木も男子選手の1人」という考え方に徹して特別扱いはしなかった。先頭を走る選手は交替制だったので、鈴木も先頭を引っ張った。タイム設定は「無茶はしなかったし、フリーで競わせることもほとんどなかった」と金尾監督は当時を述懐する。

「私の練習はケガをさせない、無理をさせない、ということが基本方針です。鈴木に限らず、全ての選手に対してです。ケガをして2~3カ月棒に振らないように、練習のやり過ぎを止めることが私の仕事でした。練習は80%から90%、どんなに上げても95%にして、試合で100%のパフォーマンスを発揮する。朝練習はさせませんでした。勉強もしないといけませんから、睡眠時間をしっかり確保させるためです。寝ること、食べること、休養することは口酸っぱく言いましたね。その代わり週3回のポイント練習の後に、1時間ジョグを必ず入れました」

この金尾監督の練習が、故障をしないことを最優先にしたかった当時の鈴木にマッチした。

「こころざしは、低かったと思う」

1年時の秋冬シーズンの鈴木は、シニアの大会でも力を発揮し始めた。
▽日本インカレ5000m3位(15分49秒22)
▽国体成年5000m6位(15分37秒83)、成年1500m4位(4分18秒75)
▽全日本大学女子駅伝3区3位。名大23位
▽全国都道府県対抗女子駅伝1区6位(19分49秒)、愛知県6位

シーズン前半の日本選手権こそ出られなかったが、日本インカレは表彰台に上がり、先輩たちも強かったので4年間で唯一、全日本大学女子駅伝にも出場できた。入学当初の目標だった3つの大会出場のうち、2つは達成してしまった。

「安定して全国大会でもレースができるようになったので、名大の練習で確実に成長しているのかな、と感じていました。甲のケガは引き続き細心の注意を払っていましたが、術後の経過は順調でした」

1年時でここまで走れれば、普通であれば日本代表も視野に入れていい。だが鈴木は、そこまでは考えていなかった。「日本インカレが3位だったので、『次はそれ以上』くらいでしたね、その頃の目標は」

このときはまだ世界と戦う意識は希薄だった。「こころざしは低かったと思う」と振り返る(写真提供:津坂雅博さん)

同学年の大迫がアフリカ勢に敗れた世界ジュニアを、強烈な意思を持って世界に挑戦していくきっかけにした。常に世界と戦うことを意識して考え、行動していく選手になっていったのである。それに対して鈴木はまだ、競技で上を目指して行くことも、数ある選択肢の1つにすぎなかった。

世界ジュニアの経験で、国際大会を走りたいと思ったのは事実である。取材で質問されればそう答える。ターニングポイントは? 答えは世界ジュニアだ。記事では“世界ジュニアの経験で世界と戦うことが目標となった”という記述になる。

だからといって鈴木亜由子という1人の女子大生が、いきなり変わったわけではない。自分がそこまでの選手になれると自信を持つことはできなかったし、陸上競技で生きていく覚悟も持てない。次はオリンピックや世界陸上だと、周りが期待するレールに乗ることにも、心のどこかで抵抗を感じていた。

鈴木はちょうど10年前の自身を「こころざし、低かったですね」と振り返る。“これを成し遂げたい”という目標は、まだ見えていなかった。

名大スタイルで強さの基礎を作るも、世界に飛び出す自信を持ちきれず 鈴木亜由子2

4years.のつづき

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