陸上・駅伝

連載:M高史の陸上まるかじり

国士舘大で箱根駅伝を走った田代洋平さん 川崎市立橘高校を都大路へ導く!

国士舘大学OBで現在は川崎市立橘高校で陸上部顧問の田代洋平さん。写真は昨年のインターハイ、男女で入賞を果たした山田俊輝選手(現・中央大学)と信櫻空選手(現・パナソニック)※M高史撮影写真以外すべて田代洋平さん提供

今回の「M高史の駅伝まるかじり」は田代洋平さんのお話です。国士舘大学で箱根駅伝を走り、卒業後は教員の道へ。西中原中学校では全国中学駅伝出場。川崎市立橘高校に赴任して5年目に神奈川県高校駅伝(女子)で優勝し、念願の全国高校駅伝出場を果たしました。

全国を経験した中学、高校時代

新潟県出身の田代さん。中学1年のとき、お兄さんの影響で陸上を始めました。中学3年生の時には800mで2分02秒00をマーク。全日本中学陸上の標準記録が2分02秒00のため、ギリギリで標準記録突破となり、全中へ出場しました。「全中は出ることが目標だったので、本番は出ただけでしたね」

中学時代はギリギリで標準記録を突破し、全日本中学陸上に出場しました。1616が田代さん

「駅伝がしたい!」という思いがあり、新潟県の強豪・中越高校へ。高校時代は下宿生活でした。全国高校駅伝(都大路)には3年連続出場を果たします。「スピードを生かしたいという思いもあり、1年、2年と2区(3km)でした」。1年生では2区37位。2年生では2区17位。そして、3年生では花の1区を任され、区間41位でした。

都大路前の思い出をうかがうと「12月は雪の影響で都大路直前に合宿をするのですが、走り込みがきつかった記憶がありますね」と新潟県の学校ならではのエピソードも。

3年生で迎えた全国高校駅伝では1区を務めました(ゼッケン16番が田代さん)

駅伝だけでなく個人種目では3000mSCでインターハイにも出場しました。インターハイに出場するには北信越大会で6位以内に入らないといけないのですが、「北信越大会では1500m、5000mで厳しいと感じていました。同い年には佐久長聖高校の佐藤悠基選手(SGホールディングス)がいました!」。3000mSCに的を絞り、見事インターハイ出場を決めました。

国士舘大学で箱根路へ

高校卒業後は箱根駅伝を走りたいと、国士舘大学へ進学。「全国から強い選手たちが来ていたので、最初は自分とのレベルの差を思い知らされましたね」。寮生活など環境の変化もありましたが、徐々に慣れていきました。また体育が好きだったこともあり、教員免許を取るための勉強もしていました。

競技面でも徐々に力をつけていき、3年生の箱根駅伝で7区を走りました。「メンバーに入れるかギリギリで、直前まで走れるかわからなかったです。レース前日は緊張で一睡もできなかったですね」。箱根駅伝予選会は経験していたものの、本戦の緊張感は別物だったそうです。区間17位と力を出しきれませんでした。

4年生では再び7区。「往路も6位できたので楽しみでした。気持ちの面でも余裕をもって準備できましたね。ただ、結果的に総合11位でシード権を獲れなかったんです。競技者としての自分の限界を感じましたし、と同時に指導者の道へ進みたいと思いました」

箱根駅伝では2年連続で7区を走りました

当時、国士舘大学の長距離を指導されていたのは五十嵐克三コーチ。「五十嵐さんの練習は(2日連続でポイント練習をする)セット練が多かったですね。疲労がたまっている中でどれだけ走れるかが大事な練習です。今、高校生の指導をしている時に取り入れています」。学生時代の経験が今の指導にも生きているそうです。

指導者として全国中学駅伝、そして都大路へ!

大学卒業後は川崎市の臨時職員となり枡形中学校で3年間。その後、正式採用となり西中原中学校で4年間教えました。枡形中学時代の教え子には順大で4年連続箱根駅伝に出場した橋本龍一選手がいます(法政二高~順天堂大学~プレス工業)。西中原中学では最後の年に神奈川県中学駅伝(女子)で優勝し、全国中学駅伝に出場しました。

西中原中学校では女子が県大会優勝。全国行きの切符を手にしました

「とても嬉しかったですね。自分が箱根を走った時よりも嬉しかったです!」。神奈川県中学駅伝では2013年3位、2014年2位、そして2015年に優勝と一歩ずつ階段を上っていきました。

「自分が箱根を走った時よりも嬉しかった」という教え子たちの全国中学駅伝出場でした

2016年からは現在の勤務先である川崎市立橘高校へ。保健体育の授業、陸上部で長距離の指導にあたられて、今年で5年目になります。神奈川県高校駅伝で女子が2018年3位、2019年2位、そして今年が優勝で、中学校教員時代とまったく同じ流れで初の都大路行きを決めました!

昨年の県大会ではアンカーで白鵬女子高校に逆転負けの2位。今年は白鵬女子高校に1、2区で先行を許すも、3区・4区の区間賞で逆転。5区で白鵬女子高校の追い上げもありましたが11秒差で逃げ切り、大接戦を制しての初優勝で都大路行きを決めました。

今年の神奈川県高校駅伝で初優勝。初の都大路出場を決めました

自ら考えて行動する橘らしさ

就任5年目での都大路出場。田代さんは「橘らしさ」と表現されました。「橘高校では自主性を生かして自らが主体的に能動的に考え、行動するというスタイルが部の伝統的にあるんです。自分がやってきた陸上とは真逆でした(笑)。高校でも大学でも与えられたメニューをやるだけで、自分でプラスアルファをするとか考えられなかったんです。生徒たちは自分で考えて、自分で目標を立てて取り組んでいます。生徒たちから学ぶことが多いですし、こちらが型にはめてはいけないと気づかされました」

目標が「全国大会出場」だとそこまでしかいけない。こちらが制限するのではなく、自分の目標を無限大に考えてほしい。生徒の目標を絶対に尊重したいといいます。

例えば、この春卒業した山田俊輝選手(現・中央大学)は「入学時『インターハイで優勝します』と言っていましたが、可能性は無限大だと思いました。『優勝したいのだったらこのくらいまではやろう』とアドバイスもしましたし、何より本人も言ったからには覚悟を持って練習に取り組んでいましたね」。結果として山田選手は昨年のインターハイで1500m3位にまでなりました。

練習拠点の1つである古市場のトラックにて。選手の練習を見守る田代さん(撮影:M高史)

女子も信櫻空(しのざくら そら)選手が1500m7位入賞と、インターハイの大舞台で男女とも入賞。信櫻選手は実業団・パナソニックに進み、今年のクイーンズ駅伝に出場し2区を走り10位でした。

「指導者として、教え子が活躍することは嬉しいですね。今後は箱根駅伝や全日本大学女子駅伝を走る選手を見届けたいです」。在学中だけではなく選手の将来も見据えた指導を心がけています。

生徒さん同士の毎月のミーティングで目標設定やふりかえりが行われます。(撮影:M高史)

「公立高校なのでスポーツ推薦はなく、受験してでもやりたいという選手が入ってきてくれますね」。そのため人数も長距離は女子が14人。男子も今年の県駅伝では4位に入り関東高校駅伝にも出場していますが、長距離部員は10人と他の駅伝強豪校に比べてかなり少ない人数です。

「人数が少ないので男女とも見れていますね。生徒には自分で目標を立ててセルフプロデュースしてもらいます。僕はアドバイザーのような存在です」とあくまでも選手自ら考えて行動することを心がけています。そのため生徒さんだけで行う毎月のミーティングはとても重要です。

吉田凛主将・初の都大路に「すべてを出し切りたい」

女子長距離キャプテンの吉田凛選手(3年)にもお話をうかがいました。

「橘高校は生徒が考えて成長するチームです。他ブロックも全国レベルなのでお互い刺激になりますね。『日本一になるために』という目標を掲げて、その中で全ブロックで強くなろうというのが橘の強さの秘訣です。成長できる、強くなりたいというイメージ、目標を高く持っている選手が伸びると思います。田代先生は個人個人の意見を尊重してくださいます。選手思いで状態や練習に応じて一人ひとりに向き合ってアドバイスをくださり寄り添ってくれる先生です」

県駅伝優勝メンバー。左から1区・伊藤南美選手、2区・井上明南選手、3区・小倉紘選手、4区・吉田凛選手、5区・金子陽向選手

県駅伝では4区を走り逆転で首位に立つ走りを見せた吉田選手。初の都大路に向けては「すべての力を出し切っていきたいです!」と力強く語ってくれました。

都大路に向けてメンバー争いも熾烈。切磋琢磨して本番に挑みます(撮影・M高史)

都大路に向けて「このやってきた5年間で全国でどこまで通用するか確かめたいですね」と話す田代さん。限られた環境の中で現状打破してきた選手の皆さんとともに挑む初の都大路。田代さんと川崎市立橘高校の皆さんの挑戦に注目です!

M高史の陸上まるかじり

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