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連載:監督として生きる

12日間の合宿でチームが変化、これからも変わり続ける 日体大・山本健之監督4

コロナ禍で練習もままならない日々から始まった昨シーズン、日体大は全日本インカレの決勝まで勝ち上がった(撮影・全て松永早弥香)

昨年の関東大学男子バレーボールは新型コロナウイルスの影響を受けて様々な大会が中止になり、12月の全日本インカレだけが唯一最後まで戦えた学生大会の公式戦でした。その全日本インカレで日本体育大学は2014年以来となる決勝進出を果たし、準優勝。連載「監督として生きる」では09年から日体大を率いる山本健之(けんじ)監督(51)の現役時代も含め、4回にわたって紹介します。最終回はコロナ禍で迎えた昨シーズンとこれからについてです。

ハワイ遠征から帰国、コロナで世界が一変

机から取り出したファイルには、年間活動計画や目標、更にそこから細かく毎月の活動計画、個々の目標設定。1年間、チームとして何を目指しどのように進んでいくのか。そのための課題は何か。まさにチームの肝となる情報が、きれいに整理されていた。選手たちが書いた文字を丁寧に見ながら、山本監督が言った。

「最終目標は全日本インカレ優勝ですが、じゃあそこへ進んでいくためにどうするのか。春リーグを優勝するため、秋リーグで勝つためにどうすべきか。押し付けるのではなく、学生と一緒に考えます。もちろんこちら側の要望も出しますが、選手が思うこと、書いてくることを尊重する。そうやって一緒につくるんです」

コロナ禍の1年、昨年の3月からの日々は山本監督だけでなく学生、いや、全ての人間にとって初めての経験と直面した時間だった。

昨年4月に開幕する春季リーグに備え、2月に日体大男子バレー部はハワイ遠征を敢行。まだ当時は国内の新型コロナウイルス感染者数も少なく、夏になって気温が上がれば収まるのだろうと考えるのが大半だったが、3月1日に帰国すると情勢は一変していた。数日遅れたら帰国もままならない状況で、決まっていた対外試合も全てキャンセル。マスクや消毒液など必要なものがそろっているかを確認し、学生の活動も最小限に控えるなど徹底した感染対策を施した結果、現在に至るまでバレー部からは陽性者はひとりも出ていない。

だが世間の感染者数の数は増えるばかりで、4月7日に緊急事態宣言が発令され、学校は休校で部活も禁止。寮生活のリスクを考慮し、学生は各々実家に戻り、全体練習はできず。オンラインツールを使い、ミーティングやトレーニングも全員で顔を合わせながらと、コミュニケーションを図ってきたが、ようやく全員そろっての練習がスタートしたのは7月に入ってから。それまでの期間は一切の対外試合がなく、集大成となるはずの全日本インカレまで4カ月しかなかった。

緊急事態宣言が発令され、やっと練習が再開できたのは7月になってからだった

合宿でボールの代わりにペンを持たせる

事前に立てた年間、月間の練習計画も練習メニューも全て白紙になる、まさに非常事態とも言うべき状況下、山本監督は新たな挑戦に打って出た。本来ならばVリーグのチームを回る強化合宿月間となる8月。都道府県の移動が制限され、対外試合も禁止される中、校内での合宿で重きを置いたのは、ボールの代わりにペンを持ち「書いて」「伝える」プレゼンテーションだった。

練習や試合に飢え、「もっとうまくなりたい」「もっと強くなりたい」と貪欲(どんよく)に願う一方で、学生たちは監督やコーチからのヒントを待っている。しかもそれが与えられれば忠実にこなし、クリアすることが自身やチームの課題克服にもつながると一生懸命取り組む。だがあえて山本監督はヒントも与えず、学生たち同士で少人数のチームをつくり、自分たちの立ち位置はどこにあるのか、目標に向けて何が足りなくて取り組むべきことは何かを考え、ディスカッションさせながら、答えを導き出す作業に重きを置いた。

「12日間の合宿で3日間練習をして、1日休み、また3日練習するというサイクルだったのですが、練習する3日の中で必ず1日はグループディスカッションの時間を設けました。一人ひとりの何が長所で、個々の能力を伸ばすためにどうしたらいいか。それを細かく書き出して、答えを見つけて、まずそのチームとしてやるべきことを掲げ、指摘し合う。まさに企業で行う新入社員研修と同じです。初めての状況に置かれて、ここからチーム力を上げるためには個々の能力を伸ばさないといけない。でも個々の能力を伸ばすためには人間性が不可欠です。足りないもの、高められることは何か。その“気づき”が大事なんです。だからそのために、自分で考えるだけでなく、自分がどんな人間かを周りから言ってもらい、自分も周りの人に対してあなたはこういう人だ、と言い合う。それこそ気づきしかないんです。そこで出された意見を最初は上級生が発表していたけれど、段々、下級生も積極的に発表するようになり、短期間で目に見える変化がめちゃくちゃ面白かったですよ」

並行して食事の管理や水分量、体重も全て徹底管理し、毎日記録した。ボール練習やトレーニングを含めれば1日三部練習をする日もあり、心身ともに疲労はピークではあったが、的確な食事や水分摂取の効果で合宿を終えた時点でけが人はおろか、体重が落ちた選手もゼロ。わずか4カ月と短い期間でチーム強化をすることになったが、綿密なプランニングが奏功し、自信を持って全日本インカレを迎えられた。

正念場の全日本インカレ準々決勝「藍に集めよう」

大会直前まで開催も危ぶまれ、残念ながら出場が叶(かな)わなかったチームや、大会が開幕してからも棄権を余儀なくされるチームもある中、日体大は順当に勝ち進んだ。頂点を目指す以上、どの試合も重要で、全てが山場であることに代わりはないが、特に大きな一戦となったのが準々決勝の筑波大学との試合だった。

試合の立ち上がりから、完璧に近い形で展開しリードしたのは筑波大だった。高校時代から全国優勝を経験した選手がそろい、サーブで主導権を握り、ブロック&レシーブでブレイクを重ねる。2セットを先取した筑波大がそのまま一気に押し切るかと思われたが、第3セットから日体大は覚醒した。

筑波大の堅守を前に、チーム全体としては抑えられながらも得点機会の多かった高橋良(現・ウルフドッグス名古屋)、高橋藍(2年、東山)を攻撃の軸とし、3セット目を奪取してからは積極的に高橋藍にボールを集めた。

山本監督だけでなく、4年生で主将の西村信(現・JTサンダーズ広島)や高橋良、リベロの市川健太(4年、大村工業)も「藍に集めよう」と進言し、高橋藍も「(自分に)持ってきて下さい」と主張。その期待に応える堂々の活躍を見せた。0-2からのビハインドをひっくり返し、フルセットでの激闘を制した日体大は、翌日の日本大学との準決勝を制し、2014年以来となる決勝進出を果たす。

チームの支えの中で、ルーキーの高橋藍が躍動した

だが、ここまで3連覇を遂げてきた早稲田大学の壁は厚かった。

「インカレまでの持って行き方は間違っていなかったし、やってきたことも出せた。でも、正直に言えば早稲田との力の差を感じました。でもそれは選手ではなく、私の力不足でもある。筑波と準々決勝でああいう試合ができて、勝ったことの意味。それでも最後に早稲田には勝てなかったことの意味。全部含めて、また次のチームにつなげていきますよ」

全てが変わりゆく中、監督も変わらないといけない

全日本インカレを終えた翌日の12月7日から新チームが始動した。市川を新主将にまた新たな目標を掲げてスタートしたが、年が明けてからもまだまだコロナの影響は大きく、予定されていた春季リーグや東日本インカレは中止となった。

試合に飢え、先の見えない不安と戦う現状にかわりはないが、何も分からないまま迎えた昨年の1年間で重ねた経験や自信、チャレンジしたからこそ得られた成果もある。

昨年積めた経験や悔しさが、またチームを強くしてくれる

「去年の夏から取り組んできたグループディスカッションも含め、新たな挑戦をしたから見えたことも多く、私も勉強させてもらいました。でもね、バレーボールも変わっているし、時代も変化している。チームの面々、キャプテンが変わればまた新たなチームになるように、指導者、監督も変わらないといけない。日体大に来る学生の約半数が将来は教育現場に行きたいと志し、一方で藍のようにプレーヤーとして世界を目指し頑張りたい、という選手もいる。いろんな学生がいて、その中で私もたくさんのことを教えられるし学ぶ。当然変化もします。だから、今は高校の指導者になったOBがたまに練習へ来るとよう言われるんですよ。『先生、今はそんなことやっているんですか? 僕らの頃と全然違うじゃないですか』って(笑)。そりゃそうですよ。だって、挨拶(あいさつ)しなさい、と人間教育からスタートした頃と、今は違って当たり前。まだまだこれから。だから面白いんですよ」

この夏を経た日体大は、今度はどんな進化を遂げるのだろうか。今から楽しみは増すばかりだが、きっと誰より、胸躍らせているのは山本監督自身であるはずだ。

監督として生きる

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