ラグビー

連載:4years.のつづき

社員選手の矜持、さらにインパクトあるプレーを求めて 東京SG・小澤直輝(下)

東京サントリーサンゴリアスのFL小澤直輝。11年目を迎えプレーは円熟味を増す(撮影・斉藤健仁)

ラグビーの新リーグ「NTTリーグワン(LEAGUE ONE)」で首位を走る東京サントリーサンゴリアス(SG)で欠かせない存在のFL(フランカー)小澤直輝。後編は11年目のベテランに、社員選手としてのこだわりや日本代表への思いなどを聞いた。

「2回」怒られ、フッカーも経験し成長

大学卒業後は一般就職の道も考えたがラグビーを続けることを決めた。数チームから誘われたが強豪のサントリー(現東京SG)に入社した大きな理由は明快だった。「中学から、高校、大学とラグビーをやってきて、準優勝はありましたが、一度も日本一になった経験がなかった。だから、ラグビーを続けるならやはり『絶対、日本一になりたいな』という思いも強かった」(小澤)

強豪に入り、主力で日本一に貢献できるまでは6年かかった(撮影・斉藤健仁)

小澤が社会人1年目となった2011-12シーズンにサントリーはリーグワンの前身のトップリーグ(TL)で優勝し、翌シーズンも連覇を果たした。ただ、小澤はまだレギュラーに絡むことができず、スタンドで優勝を見守った。

3年目くらいからようやく試合に出られるようになり、4年目、5年目はHO(フッカー)にも挑戦した。当時はエディ・ジョーンズ氏(元日本代表ヘッドコーチ=HC、現イングランド代表監督、東京SGディレクター・オブ・ラグビー)が監督を務めていた。「エディさんにはめちゃくちゃ怒られました。英語で怒られて、それを通訳さんが訳すので2回怒られているような感じでした(苦笑)。エディさんの時代は社会人になってキツかった経験ですが、大学時代に理不尽さの中で鍛えられたことが活(い)きたような気がしますね」(小澤)

初めて日本一の感激に浸る

自らプレーしピッチで初めて日本一を経験したのは再びバックローに戻った6年目の2016-17シーズンだった。「ちょうど沢木(敬介、現横浜)監督が1年目の年で、その時は初の日本一だったので心から嬉(うれ)しかったですね!」。そして、小澤自身も2017年にジェイミー・ジョセフHCに認められ日本代表に初招集され、4月の韓国代表戦で初キャップを獲得した。

2017年春に日本代表の初キャップを獲得した(撮影・斉藤健仁)

しかし、18年5月末の練習で右膝(ひざ)をケガして、その後、日本代表に招集されず、19年ワールドカップの日本代表メンバーに絡むことはできなかった。

仕事との両立、創部理念貫く

リーグワンが開幕するにあたり、東京SGでもプロになる選手が増える中、小澤は今でも会社員としての仕事と両立させ続けている。「仕事もラグビーもしっかりやるというのが、サントリーの創部理念の一つにあります。実際入社してから、先輩達が活躍しているのを見てかっこいいなと思いましたので、僕は仕事をしながらラグビーをやっています」(小澤)

自ら時間を作る工夫をして仕事との両立を目指してきた(撮影・斉藤健仁)

仕事とラグビーの両立で工夫しているのは時間の使い方である。「今だったら。ミーティングもパソコンでできますが、純粋に会いに行くことも大切です。例えば水曜日の練習がオフだったら、火曜日の午後の練習が終わった後とかにも都内に戻るということもやっていました。今はコロナ禍なのでありませんが、仕事柄、夜は飲みに行くことも多く、朝5時とか5時半ぐらいに練習場に来てトレーニングしてから出社することも多かったですね」と両立を貫いている。

昨季のTLでは、小澤は特にタックル後、相手からボールを奪うジャッカルを連発してチームの勝利に貢献した。「ジャッカルは自分の中でそこを強みにしようっていう意識はありました。予測と接点に寄っていくスピードっていうところを意識していた。その意味では良いプレーができていたと思います」(小澤)

昨季の活躍もあり、21年は春と秋の日本代表合宿にも参加したが、遠征のメンバーには選ばれなかった。「悔しい気持ちもありましたが、リーグワンに向けての準備も始まっていましたし、プラスに考えて気持ちを切り替えました。ジェイミーHCも改善してほしい部分や成長してほしいポイントをしっかり伝えてくれました」と前を向いた。

21年には再び日本代表に呼ばれた(撮影・西畑志朗)

初代王者と23年W杯へ

1月から始まったリーグワンでも小澤は開幕戦から7番を背負って先発出場している。まずチームとして「サンゴリアスのアタッキングラグビーというスタイルは変わらないですし、アタックするためにはボールを相手から取り返さなきゃいけないのでディフェンスも重要です。みんな絶対、リーグワンで初優勝したいと思っていますし、個人としてもまだまだ優勝したいという気持ちも強い。しっかり優勝に貢献できるように頑張りたい」と話した。

そして個人としては「外国人選手を含めて競争はより激しくなりましたが、自分がどこに強みを持っている、チームに自分のプレーでどう貢献できるかをしっかり考えてやっていきたい。ワークレートやジャッカルは継続しつつ、それにプラスしてインパクトあるプレーが求められていますね」と腕を撫した。

オンラインの取材に笑顔でこたえる

個人の活躍の先に、小澤はもちろん桜のジャージー、そして23年ワールドカップ出場を見据えている。「選手を続けている限り、日本代表、そしてワールドカップを目指さない理由はありません。それも一つひとつの積み重ねがあって、見えてくるものだと思います」と自身に言い聞かせるように話した。

仕事とラグビーを両立しながらも、自身の個性がチームのラグビースタイルにどうマッチするか考えて行動し、コツコツとトレーニングを重ねた結果が今の小澤がある。33歳となったが、ピッチを走り続けて体を張ってタックルしチームの勝利に貢献し続ける。

4years.のつづき

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