野球

「僕らは言ってしまえば、公人」期待への責任を背負い 東京大学・松岡泰希主将(上)

松岡はその場で求められる役割をきっちりとこなせる(すべて撮影・井上翔太)

開幕戦で春の王者・明治大学と引き分け。続く慶應義塾大学との初戦では、チームとして1年ぶり、慶大戦は5年ぶりとなる勝利を挙げた。今年の東京大学は、ひと味違う地力を見せている。そんなチームを強烈なキャプテンシーで引っ張っている主将の松岡泰希捕手(4年、東京都市大付)のストーリーを前後編に分けてお届けする。

「東大っぽくない」選手?

「東大っぽさ」を定義するのは難しいが、松岡は「東大っぽくない」選手に当てはまるかもしれない。

野球に関しては、やたらガツガツしている。観客が沸くような見栄えの良いプレーや派手な活躍はないが、走者を送るべき場面で打席に立てば、きっちりと犠牲バントを決め、守備では走られてはいけない相手の盗塁を刺す。投手が崩れかけたときは、自らタイムを取り、声を掛けて立ち直らせる。試合を動かす選手なのだ。

東大を率いる井手峻監督は、「自分がどうのこうのよりも、チームが勝つことを考えている。ああいう子は珍しい」と言う。

万人が認める主将タイプをイメージするが、松岡本人は「めっちゃ浮いてます。キャプテン決めた時も、『いや、お前じゃダメだ』って結構問題になりました」と苦笑する。

周りを見渡し、必要とあらば自ら積極的に声をかける

大きなリードを許している試合展開で、ホームランを打ってガッツポーズで喜んでいる選手がいたら「負けてんじゃん。それでいいの?」と釘を刺し、フェンス際に上がったフライに対して、腰を引いて捕球できなかった野手がいたら「なにやってんだ!」と罵声を浴びせる。周りから「そこまで怒んなくていいよ。みんなエラーして、『まずい』ってのはわかってるんだから」となだめられ、「そんなもんかよ」とヘソを曲げたこともあった。「この野球じゃ勝てん、と思ってましたから」と言うほど勝利に対する思いが、とても強い。

昨年の勝ち星も冷静に「今の野球を続けていたらきつい」

「僕らは野球が好きで、趣味でやっていて、それで給料をもらう立場じゃない。いわば遊びですが、遊びだって、本気でやって勝たなきゃ面白くないじゃないですか。だから勝ちたいというのが、根底にある気持ち。でも、それだけならサークルでも草野球でもいいわけで、僕らは東京大学硬式野球部として、いろんな人に応援してもらって、支援していただいている中で野球をやっている。言ってしまえば、公人だと思うんです」

「そしたら自分がヒットを打った、活躍した、それで終わっていてはよくない。そういう人たちの期待に応えなくちゃいけない。そういう責任を背負って勝ちたいという気持ちがあります」

入学以来、東大は公式戦で負け続けた。3年生の春、法政大学戦で自身にとって初めての勝利。連敗を63で止めた。さぞ嬉(うれ)しかったと思いきや、試合後、涙を流すチームメートもいる中で、「こみ上げてくるものは、そんなになかった」と話している。

引き分けとなった明大戦でも、相手の二盗を防いだ

「もちろん応援してくれている人や両親が喜んでくれているのを見たら、僕も嬉しかったですよ。でも、ずっと『勝ったらどんだけすごいんだろう?』というのがあって、その意味では『勝つ時ってこんなもんか』と。勝った結果、天地がひっくり返ったわけでもない。それによって最下位脱出が出来たわけでもない。ただの1勝でしかなかったんです。相手がミスをしてくれて、勝たせてもらったような野球。この勝ち方の再現性は低いな、今の野球を続けていたらきついな、と感じてしまいました」

秋の目標「勝ち点2」に向けて

たとえば明治大学―法政大学、慶應義塾大学―立教大学、早稲田大学―明治大学といったカードでは、シーズンごとにどちらが勝つかわからない。そういう状態に、東大―慶大や、東大―法大を持ち込みたかった。

「本当は優勝争いがしたいけど、春に全敗しているチームが『秋は優勝します』というのは、現実的に無理がある。でも、東大対○大と聞いて『ああ、○大が勝つよね』と言う人に、いやいやいやちょっと待ってくれ。俺たちもっと対等にやれるぜ、って思ってますから」

その言葉を体現したのが、開幕の明大戦だった。そして慶大戦の勝利の後も、それぞれの選手が喜びを見せつつ、チーム全体としては不思議なくらい落ち着いていた。松岡はゲームセットの瞬間から、終始険しい表情を崩さないまま、応援席への挨拶(あいさつ)で横一列に並んだ選手たちの列が乱れているのを見て、しっかり並ぶように促していた。

チームが好結果を残しても、松岡はいつも冷静に立ち振る舞う

もはや一つ勝つたびに「番狂わせ」とか「旋風」とニュースにするのは、今の東大には失礼なのかもしれない。松岡も、勝てばにわかに盛り上がるメディアに対して、「まったく興味ないです」と関心を示さない。

この秋、開幕前に掲げた目標は「勝ち点2」。そのためには、少なくともあと3勝以上する必要がある。先勝し、勝てば勝ち点獲得となる慶大との2戦目。試合前の円陣で松岡は、「いつも通りやるぞ」と声を掛けた。それに応えるチームメートたちにも、変な気負いや使命感はない。

いつも通りやって勝つ。それが松岡が、今の東大が目指しているものだ。

松岡が東大っぽくないのではなく、私たちのほうが、「東大っぽさ」というものを、古いイメージのままアップデート出来ていないだけだったことに気付かされた。

勝ち点2をめざし、チームを引っ張る
考え方を形作った3人の指導者 グラウンドで「笑えない」 東京大学・松岡泰希(下)

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