陸上・駅伝

連載:監督として生きる

皇學館大・寺田夏生監督(下)試行錯誤のマネジメント手法 就任直後、気にかけたこと

コーチを経ずに監督就任、指導法は試行錯誤の最中だ(撮影・井上翔太)

今回の連載「監督として生きる」は、皇學館大学駅伝競走部の寺田夏生監督です。國學院大學1年時に箱根駅伝で10区を任され、シード権を争う中、フィニッシュ直前でコースアウト。この地点は駅伝ファンの間で「寺田交差点」と呼ばれています。2023年7月、監督に就任。3回連載の最終回では試行錯誤中の指導方法やマネジメント手法について迫ります。

【前編はこちら】皇學館大・寺田夏生監督(上)仲良しの先輩とアツい前田康弘監督に導かれ、國學院大へ
【中編はこちら】皇學館大・寺田夏生監督(中)今なお語り継がれる「寺田交差点」と、その後の競技生活

現役引退後は、JR八王子駅で窓口業務に

2023年2月、引退レースとなった大阪マラソンを走り終えた寺田監督は、その2日後ぐらいから当時務めていたJR東日本で研修を受けていた。「引退したらまず、駅に配属されるということがほぼ決まっていたので、その駅の知識や端末の扱い方を教わっていました。レースの2、3週間後には、八王子駅のみどりの窓口で切符を売っていました」

そして、配属される前日のことだった。國學院大學の恩師・前田康弘監督から「皇學館(監督)の話があるけど、どうする?」と連絡を受けた。寺田監督は「是非やりたいんですけど、妻と子どもがいるので、話をさせてください」と答えた。「話が来たのは、うれしかったんですけど、もう僕だけの人生じゃないので……」。妻に相談すると「良かったね」と背中を押された。「行っていい?」と尋ねたところ「いいよ」と即答。2人で場所を調べ、皇學館大が三重県伊勢市にあることを初めて知った。

初めて皇學館大を訪ねたときは全日本大学駅伝の影響もあり、どこか懐かしさを覚えた(撮影・浅野有美)

前田監督には現役引退を報告する際、「将来的には、指導者や陸上関係に何かしら携わりたい」と伝えていた。前田監督からは「まずは社業をしっかりやった方がいいよ。社会人として働くことで、また違う視点が見えてくる」と言われ、寺田監督も共感したところだった。監督就任の話は思いの外、早かった。

部員の性格や特徴を把握することから始まった

昨年4月、寺田監督は前田監督と一緒に皇學館大を訪ねた。練習環境や「どういう学生がいるのか」を把握するためだ。1周300mのトラックや寮もある。選手たちは前任の監督が退任してからも、それぞれがしっかりと考えながら意欲的に取り組んでいる様子だった。「どうやったら速くなれますか?」と聞かれることもあった。寺田監督の心には「この子たちと一緒にやってみたい」と火がついた。

JR東日本を退職し、昨年7月に皇學館大の監督に就任。まずは、部員の顔と名前を覚えることから始まった。「それまでも資料をいただいていたのですが、性格も分からないですし、どの子がどの子かも分からなくて……」。練習時に使うネームプレートは名字だけを表示している選手もいれば、名前だけの選手もいた。寺田監督は単身、大学の寮に住み込み、部員の性格や特徴の把握に努めた。

監督就任後は大学の寮に住み込み、部員の把握に努めた(撮影・浅野有美)

監督就任にあたり、気にかけたことがある。「今の2、3、4年生は前の監督がスカウトして、その監督さんの魅力や今までのOBの方に引かれて入ったところがあると思うんです。でも、新しく自分が入ってきたことで、『昔はこうだった』と受け入れられないところもあるだろうなと」。自身も実業団時代、監督が変わったことで、練習パターンや方針も変わったこともあった。当時の思いがあるからこそ、新任監督になったときには、特に今の上級生とは対話を重ねた。

第100回箱根駅伝予選会出場の決め手

昨年の皇學館大は、関東だけでなく全国から参加が可能になった第100回箱根駅伝予選会に出場した。決め手は「予選会であそこまで注目されて、あのレベルで走れる機会はなかなかない」。ただ、7月の就任後から準備するには期間が短すぎた。加えて箱根予選会の5日前には、出雲駅伝もあった。

「それまでも学生たちは(箱根予選会で走る距離にあたる)ハーフマラソンの練習をまったくやってませんでした。『ハーフを走りきれるぐらいの練習しかやらないから、雰囲気を感じるだけでもやってみない?』と言ったら『それだったら走ってみたいです』と。出雲のメンバーの子たちは『どうしても出たい』という子だけ。いざ走るとなったら、色んなメディアさんが取り上げてくださって、学生たちも気持ちを高めてくれました。目線も、ちょっとずつ上を見てくれるようになったかな」

競技者としての道を退いた後、マネージャーやコーチを経ることなく、いきなり監督になった。「本当に分からないことばかりで、これが正解なのかどうか、いまだにずっと悩んでいます」。就任直後は、トラック練習で集団を引くこともあったが、今はできないことも多い。「一緒に練習すると、学生の走り方や息づかい、表情を見ることができないんです。僕も一緒に走りたい気持ちもあるんですけど、走りを見たいというのもあります。そこが今は少し悩ましいですね」

箱根駅伝予選会に出たことで、選手たちの気持ちも高まったと言う(撮影・井上翔太)

理想の指導者像は「前田さんです」

指導方法やチームのマネジメント手法は試行錯誤ばかりだが、理想の指導者像にははっきりと答えてくれた。「前田さんです」

11月の全日本大学駅伝には東海地区の代表として、地元の伊勢市も走る。「まずはテレビで1秒でも長く走る姿を見せて、力強い走りで少しでも地元に元気を与えたい。そして東海地区の枠を増やすことが目標です」。監督就任後、初挑戦でつかんだ切符を手に、伊勢路へ挑んでいく。

監督として生きる

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