日本経済大・淵上宗志監督(下) 社会で活躍する女性リーダーを、ラグビーで育成する
今回の連載「監督として生きる」は、日本経済大学女子ラグビー部の淵上宗志監督(47)です。関東学院大学では全国大学ラグビー選手権の連覇に貢献しました。引退後は西南学院大学のラグビー部などで指導者のキャリアを積み、2020年からは、日本経済大の女子ラグビー部創設に伴い監督に就任しました。後編では、女子ラグビーを取り巻く環境や、女子ラグビーの指導者になった背景についてうかがいました(以下、敬称略)。
「女子も15人制をやってほしい」
日本経済大学女子ラグビー部「AMATERUS」には、現在31人の選手が在籍している。うち4人がニュージーランドとフィジーからの留学生だ。6月に行われた15人制女子日本代表のフィジー遠征には、AMATERUSから日本代表として3人が選ばれたほか、留学生がフィジー代表にも選出された。
AMATERUSは15人制のチームを編成し大会にも参加しているが、国内の大学生チームで15人制を単独で編成できるチームは数えるほどしかなく、15人制の全国的な大学生の大会もない。女子の場合、現状では7人制がメーンだ。
「7人制は走り合いで、15人制はフィジカルスポーツ。同じラグビーカテゴリーですが、違うスポーツと言えるほど違う」と淵上。特に高校年代では女子選手はほぼ7人制しか経験してこないといい、15人制は大学入学後にゼロから教えることになる。「そこが一番の難しさです。コンタクト頻度も強度も違うし、スクラムも専門的なトレーニングが必要。きちんと訓練されていないと、けがにつながってしまう」
ただ、世界に目を転じれば、15人制の国際大会や国代表同士のテストマッチも増えてきているという。国内で15人制の大会やチームが増え、子どもたちがめざすスポーツとしての環境が整備されることを願っている。
「僕はラグビーの魅力は15人制にギュッと詰まっていると思っています。うちの選手たちも15人制が好きだし、そういう選手が集まってきてくれている。女子にも絶対15人制をやってほしい」
女性リーダーは必要 でも数値目標に違和感
現役時代「天才スタンドオフ」と呼ばれ、日本代表にも選ばれた淵上がなぜ、まだ競技人口も少なく、大学スポーツとしても発展途上の女子ラグビーの指導者の道を選んだのか。
淵上は大学卒業後、「コカ・コーラウエスト・レッドスパークス」でプレーする一方、「ビジネスをきちんと学びたい」との意志が強く、入社した「コカ・コーラウエスト」の社員としても手を抜かず、社業に邁進(まいしん)してきた。
そんな中、国際的に日本の男女格差への風当たりが強まり、国や行政が、女性管理職の増加や数値目標を企業に求めるようになった。淵上は、そこに違和感を感じたという。
「もちろん女性のリーダーは必要。でも、(数値目標などを定めて)無理やり作るというのはおかしな話ではないか」
数値目標を達成するために、力のない人がリーダーになって、その部下に力のある人が配属され、不必要な緊張・対立が生まれたケースを見てきた。数値目標が生んだ弊害に思えた。
そんなことを感じていたときに、日本経済大から女子ラグビー部設立と、その監督就任の誘いを受けた。「女子学生が集まれるような大学にしたい」という思いも聞いた。それならば……。
「本当に力を持った女性を、学生の段階から育成したいと思ったんです。時代が、強い女性のリーダーを求めているのであれば、女子ラグビーを通じて、僕らがつくりましょう、と」。監督就任を受諾した。
ラグビーは、基礎、その場の判断、応用、コミュニケーションが重要だが、これらはすべてリーダーに必要な資質だ。さらに、つらいこと、痛いことに体を張らなければならない。「このチームの理念はラグビーを通じた『人づくり』なんです。こんなスポーツをやった女性が、社会に出て活躍しないわけがない。本当に力をつけたリーダーになってほしい」
「男子」「女子」ではなく、個性を尊重する姿勢
この20年、いや10年で世の中はがらりと変わった。男性と女性などジェンダーの考え方は進歩し、淵上が選手として育った時代と現在では、指導法もがらりと変わった。そんな変化の中で、女子にラグビーを教える淵上。戸惑ったことはなかったのだろうか。
「指導者がやっていいことと悪いことが明確になり、我々もそういうことを学んだ上で指導をしなければいけない。ただ、昔も今も変わらないのは、心が通っていなければいけないということです」
選手たちと心が通った関係をつくるため、淵上が心掛けていることは、「できるだけ本音で話すこと」だという。現実的に守れないようなルールも作らない。
例えば髪の毛。今の大学生に「髪を染めるな」というルールは非現実的だ。なので、学生が派手な色に染めて、指導者として歯止めをかける必要を感じたとしても、決して「やめろ」とは言わない。「それって品がないよね」とか「僕はあんまり好きじゃないな」と、本音をやんわりと伝えるのだという。
「本人は何かの思いがあってやっているはず。ルールで禁止していない以上、やる権利はあるわけですし」。おもしろいことに、淵上が学生当時、春口監督もチームには茶髪を禁止していたと言うが、茶髪の選手も試合に出していたという。
本音を「希望」として伝えつつ、抑えつけるようなことはしない。そんな行動が、フランクな関係を醸成するのかもしれない。
男子と女子の気質の違いなどはあるのだろうか。
「確かに男子のほうが『バカヤロー』で片付くことが多いかもしれない。でも、そうじゃない男子もいる。逆に『バカヤロー』って言ったほうががんばれる女子もいるかもしれないけど、がんばれない女子もいる。だから、『男子』『女子』っていう分け方をするよりは、それぞれの個人に個性があって、それに僕らが対応する必要があるんだ、と思っています」
真の目標は「日本一」より「人づくり」
最後に、福岡出身の淵上から見た、九州の学生スポーツの置かれている環境を尋ねた。
「関東とか関西の有名大学と比較すると、やっぱり選んでもらえない、人が集まらない環境なのは間違いないです。チームに何かしらの魅力をつくっていかないと」
日本経済大AMATERUSには日本全国と海外から31人の選手が集まっている。これを淵上は、女子ラグビーをやる大学の少なさ、競合の少なさが、選手たちにとって魅力となり、AMATERUSが選ばれる要因となっていると考えている。
「他のスポーツのように関東・関西と競合が激しくなったとき、九州や地方の大学が勝っていくには何が必要か」と尋ねたとき、淵上はこう答えた。
「何をもって勝ちと考えるか、というのも重要です」
チームとしての目標は「日本一」に置いている。ただこの「日本一」という目標も、長期的スパンでは、実は手段なのだという。
「本当にやりたいのは、リーダーとなる女性をつくるという『人づくり』なんです。だから、彼女たちが卒業するときにどういう人間に育ったか、社会やビジネスの世界でどんな活躍をするかが本当の勝負。そう考えると、僕らのゴールって、ひょっとしたら10年後、20年後なのかもしれないですね」
「AMATERUS」の由来となった「天照大神」は、世を照らす力を持った女神だ。もし10年後、20年後、日本を代表する女性リーダーが現れたとしたら、その人物は九州出身の、ラグビー経験者かもしれない。淵上のこれからの人づくりに期待したい。