当たって、蹴って、俺が勝たせる 日体大・安藤の二刀流
球技なのに基本的にはボールにさわれない。オフェンスを前に進めるため、ただひたすらにぶつかり続ける大男たちがいる。自己犠牲のポジションとも言えるOL(オフェンスライン)の生きざまについて書き尽くす「OL魂」。第9回は日体大の副将でもある安藤佳祐(4年、片倉)です。今シーズンここまで5戦全敗の日体大。11日の慶應大戦がリーグ最終戦になります。「1点差でもいいから、絶対に勝つ」。二刀流のOLは、そう誓っています。
日本最大級のパンター
10月27日の明治大戦を0-16で落とした直後、安藤はまず試合終盤のあるシーンを悔しがった。ゴール前1ydまでいきながら、中央付近のランプレーでタッチダウンを奪えなかった場面だ。「OLを信頼して真ん中のプレーを出してくれてるのに、それに応えられなかった。1ydなんだから、僕らが押したらタッチダウンです。あそこはとんなきゃ……。何点差で試合に負けたとか、関係ないです。あの1ydをとらなかったのが、OLとして、ただただ悔しい」。いいぞ。この男、最初からOL魂がほとばしっている。
5人いるOLのうち、安藤のポジションは右のG(ガード)。2年のときにスターターになったが、けがが相次いだ。ラストシーズンで初めて、開幕からずっとオフェンスの最前線に立ち続ける。身長177cm、体重112kgの安藤は、プレーが始まる前のセットに特徴がある。低い。地面にはいつくばるような感じだ。周りから「それで前見えてんのかよ」と言われるが、意に介さない。昨年からOL担当の井澤健コーチとともに試行錯誤してきて、この低いセットが一番はまったという。「見えすぎると、どこか一点を見てしまう。ぼやっと分かってるぐらいがいいんです。問題ないです」。信念の男は、1試合約60プレー、この低いセットからバーンと前へ飛び出していく。
安藤にはもう一つ、大事な仕事がある。攻撃権を放棄するときにパントキックを蹴る「パンター」だ。
アメフトのオフェンスは4回の攻撃で10yd進めば攻撃権が更新される。ただ4回目も攻めて10yd前進できなかったときは、その地点から相手の攻撃になる。だから基本的に3回目で10ydまでいかないときは、4回目は攻めるのではなくパントを蹴って、相手の攻撃開始位置を遠ざけるのだ。いまや日本の大学のトップクラスのチームでは、キッカーやパンターは専任の選手が担うことが多い。兼任だとしても、OLやDL(ディフェンスライン)の大男が蹴っているチームは、まずない。よって安藤は日本最大級のパンターと表現して間違いないだろう。
今シーズン、日体大にも専任のパンターがいた。しかし開幕節の早大戦で負傷。第2節の法大戦から、安藤がOLをやりながら重責を担ってきた。OLで出ているときは両手に青いグローブをつけている。第3ダウンの攻撃で攻撃権を更新できないとき、安藤は急いで左のグローブを外し、パントキックに備える。安藤は左利き。左手でボールを落とし、左足で蹴り上げる。蹴りやすいようにボールを落とす必要があるため、繊細さを求めてグローブを外すのだ。「サードダウンになると、どうしてもパントのこと考えちゃうんですよね」。
思いきって相手にぶつかりにいかないといけないのに、そのあとのまったく性質の違うプレーについて考える。一人二役の難しさだ。それもシーズンが深まるにつれて慣れてきた。「両方やるのは難しいけど、やっぱり充実感はありますよね」。そうだ。安藤はアメフト界の大谷翔平なのだ。
難しくても、うまくいくとうれしい
幼稚園のころに水泳を始めた安藤は、小学校でサッカーに夢中になった。そしてまた中学で水泳。学校の部活以外にクラブチームでも泳いでいた。専門は平泳ぎ。当時は170cm、70kg程度だった。「水泳をやってる人にしては、ポチャっとしてました。あいつあれで速いのかな? なんて言われて」。平泳ぎといえば北島康介。金メダリストの泳ぎを参考にして頑張った。100mのベストは1分11秒。しかし単調な練習に飽きてしまった。「練習はつまんないし、楽しいのはベストが出た瞬間ぐらい。ずっと『やめたいな』と思ってたんです」
高校から何のスポーツを始めようか考えた。すると近所の東京都立片倉高でアメフト部の推薦入学の枠が一つできたことを知った。父が昔のNFLブームについて聞かせてくれた。面白そうだなと思って実技試験を受けたら、受かった。そのころにはもう体重が90kgあった。10数人しかいないアメフト部だから、1年の秋からOLとDL両方で出た。「とにかく前のヤツに当たっとけ」。そんな世界だった。2年のときにRBをやってボールを持ったこともあった。日体大に声をかけてもらい、「やるからには一番上のリーグで」と入学した。大学ではまたOLに戻った。そしてOL道を歩き続けて、いまに至る。
安藤にもOLの喜びについて尋ねた。「見てても分かんないでしょうね。僕だってQBとかRBとかレシーバーを見ると思いますもん。でも、お客さんが分からないところで、僕らはRBから『ナイスブロック』って褒められたりしてる。それが僕の中では一番うれしいんです」。うん、うん。さらに大学に入って感じたことがある。「高校のときは弱いチームだったから、OLもほとんど何も考えずにやってました。でも大学は違う。プレーによって考えることが多くて、細かくて、難しい。でも、それがうまくいくと、ほんとに楽しいし、うれしいんです」。安藤が笑った。
11日の慶應大戦に勝てば、入れ替え戦回避の可能性は残る。「勝つしかない。僕らはチャレンジャー。ランでもパスでも関係ない。僕らOLが体を張って、チームを勝たせます」。安藤が言いきった。このゲームをご覧になる方には、ぜひ日体大の73番に注目していただきたい。相手にぶち当たって、急いでグローブを外して、ボールを蹴って。気迫のこもった大忙しの時間を、見守ってほしい。