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連載:私の4years.

大逆転優勝とツーショット 前澤智・最終回

大逆転優勝とツーショット 前澤智・最終回
4年生として最後の早慶戦で、学生応援席に語りかける前澤さん

全国には20万人の大学生アスリートがいます。彼ら、彼女らは周りで支えてくれる人と力を合わせ、思い思いの努力を重ねています。人知れずそんな4年間をすごした方々に、当時を振り返っていただく「私の4years.」。元早稲田大学応援部主務の前澤智さん(48)の青春、シリーズ最終回の10回目です。

「早稲田ファイト」叫んで走った15km

入部から約3年半。激動の応援部生活は最終盤に入った。9月、東京六大学野球秋リーグ戦の開幕を迎えた。秋は4年生にとって大学最後のシーズン。野球部員も応援部員も野球ファンの学生も、4年生は優勝で締めくくりたいという気持ちが非常に強い。

この1993年の春は明大が優勝し、早大は2位だった。そして秋は珍しい日程となった。明大-早大の直接対決1カードだけの週が、最終週の早慶戦前週に設定され、通常は8週制のリーグ戦が34年ぶりの9週制となった。「優勝校が次のシーズンの日程の決定権を持ち、8週制、9週制を選択できる」というリーグのルールに基づき、春の覇者であった明大が9週制を選んだ。明大には、早大を直接対決で下して優勝を決めるという狙いがあった。

秋のシーズンが始まった。早大は東大、立大から順調に勝ち点を挙げたが、10月中旬の法大戦で2連敗を喫した。残すは明大、慶大との戦い。優勝の可能性がなくなったわけではなかったが、明治との直接対決は勝ち点3で迎えたかったところだ。春の明大戦は1勝2敗だったこともあり、法大戦2連敗後の早大応援席には、秋の冷たい雨とともに「終戦」ムードが漂った。一方の明大は順調に勝ち点を重ね、狙い通り、早大との直接対決で1勝すれば2シーズン連続優勝という展開となった。

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東京六大学野球秋リーグ戦の法政戦の第2戦で劣勢の展開となり、渋い表情を浮かべる前澤さん(中)

この早明戦を控えた時期の応援部の練習は、いまでも強く記憶に残っている。早稲田キャンパスから郊外の東伏見にある野球部グラウンドまでの約15kmを、リーダー部員が走った。春と秋の早慶戦前は、早大から慶大までを往復する「三田マラソン」を必ずやっていたが、「東伏見マラソン」はやっても年に一度で、年度によってはないこともあった。

この秋は野球部の石井連蔵監督(故人)から応援部部長に、「直接激励してほしい」との依頼があった。リーダー部員全員で、練習時のかけ声「早稲田ファイト」を叫びながら走った。約15kmを走り終えると野球部のグラウンドの隅に入り、リーダー部員の声だけで第一応援歌「紺碧(こんぺき)の空」を歌い、エールを送った。この間、野球部は練習をやめて、じっと聞いてくれていた。この練習を機に、一時終戦ムードが漂っていた応援部内にも「もしかして」という空気が流れ始めた。そして、実際に野球部が息を吹き返すことになる。

甘酸っぱい写真

早明戦は10月31日に始まった。一つでも負ければ、目前で明大の連覇が決まる。初戦、早大は0-3から終盤に追いつき、引き分けに持ち込んだ。さらに第2戦は3年生の織田淳哉(後に読売ジャイアンツ)が先発し、完封勝利。第3戦は9回に勝ち越し、早大が勝ち点を挙げた。明大の自力優勝は消滅した。早大応援席は異様な盛り上がりを見せた。

最終週の早慶戦は、早大の2連勝で逆転優勝、2勝1敗なら早明による優勝決定戦、勝ち点を落とせば、明大が優勝という状況で迎えた。第1戦は引き分け。第2戦は4-3で慶大を下し、ついに早大が優勝に王手をかけた。

第3戦は1-3とリードされ、8回の早大の攻撃に入った。苦しい展開だったが、早大側に諦めのムードはなかった。雨の中、応援部員もスタンドの早大生も必死の応援を続けた。チャンスを迎え、主将で4番の仁志敏久(後に読売ジャイアンツ)がタイムリーヒット。エラーも絡んで同点になった。仁志は三塁ベース上で、すでに涙を浮かべていた。さらに次のバッターのヒットで、仁志が勝ち越しのホームを踏んだ。吹奏楽団が「紺碧の空」を奏で、学生たちは雨に濡れながら勝利を確信し、応援歌を歌っていた。私にとっても最後のシーズンは、よもやの大逆転優勝で幕を閉じた。

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早大の野球部員と早大学生応援席の学生が、7季ぶり31度目の優勝を一緒に万歳で祝った

試合後の野球部、応援部、早大生は、神宮球場から早大までの優勝パレードに出た。大学到着後、仁志主将ら野球部の同期と撮った写真はいまでも大切な1枚だ。そして、もう1枚、思い出の写真が残っている。前回の「ついに現れた女性ファン」で触れた、私を応援してくれていた早大3年の女子学生とのツーショットだ。応援席のマイクやスピーカーなどの設置を通じて応援部を支えてくれる「早稲田大学放送研究会」に所属していたこの女性も、早慶戦の間ずっと神宮球場にいてくれた。スタンドで一緒に収まった写真は、熱戦の後に私からお願いして撮ってもらった。

最後に経験した逆転優勝の感動と淡い思い出。そしてそこへ至るまでの過酷な練習、先輩からの叱咤(しった)と指導、同期との絆……。目を閉じると数々のシーンが頭に浮かぶ。卒業して四半世紀となるいまも記憶に残る日々は、私が社会人になるための基礎をつくってくれた時期だった。そして応援部は現在、活動の場を広げ、新しい形の応援や、動画やSNSを使った広報活動を採り入れ、新しい歴史を重ねている。もしいま、大学で応援部・団への入部・団を迷っている人がいたら、「ぜひやった方がいい」と勧めたい。実りのある4years.になることを、私が保証します。

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