陸上

連載:私の4years.

すべて陸上に捧げると決めた 長谷憲明・3

横浜国立大学のグラウンドで補強運動に励む長谷さん(右から4人目)

全国には20万人の大学生アスリートがいます。彼ら、彼女らは周りで支えてくれる人たちと力を合わせ、思い思いの努力を重ねています。人知れずそんな4年間をすごした方々に、当時を振り返っていただく「私の4years.」。元横浜国立大学陸上部の長谷(はせ)憲明さん(35)のシリーズ3回目です。北海道出身の長谷さんにとって、冬季練習で屋外を走るのは初めての体験でした。

トップスピードに乗れない

横浜ですごす初めての冬が来た。本当だったら、雪に邪魔されることなく思いっきり走れる環境を喜ぶべきだっただろう。ただ、当時の私は「冬はひたすら筋トレをしていればいい」と思っていたので、陸上選手として恵まれているはずの環境が地獄でしかなかった。

もともと体力のない私は長距離や坂ダッシュの度に吐き気を催し、ときには木陰で吐いた。キャンパス内の坂を走っては倒れ込み、寒空の下で吐いてはコンクリートの上で転がる。そんな自分を客観視して「夢見たキャンパスライフはどこにあるんだ」と、夢と現実とのギャップに涙したこともあった。

そんな厳しい冬季練習中、私は常に不安だった。いくら練習しても、なんとなくトップスピードに乗れない感覚が残っていたからだ。始まった当初は、浪人による1年のブランクを理由にして自分を納得させることもできた。「寒さのせいもあるんだろうな」と思うようにしていた。しかし年を越し、いよいよ新シーズンが迫ってきても、例の不安は消えなかった。
そして、私にとって2度目の関東インカレを迎えた。

大好きな主将を喜ばせられなかった関東インカレ

この大学2年生のときの関東インカレは、私にとって大きなターニングポイントとなった。1年生のときとは違い、競技に対する意識レベルは高くなった。部に対する帰属意識や部員に対しての仲間意識も芽生え、「どうしても部に貢献したい」と思っていた。

しかし初日、400mリレーの予選前のアップで、私は不安に包まれていた。そもそも体力が戻りきっていなかった上に、普段より体が重く、走っても地面からの反発を感じられなかった。跳ねるような感覚もない。明らかな調整ミスだった。

考えると状態がより悪くなりそうな気がして、極力何も考えないように努めた。それでも不安は不安を呼び、遠くから自分を見ている感じさえした。アンカーだった私は、不安を抱えたまま4走の場所まで移動し、3走との距離を測るテープ地面に貼ってから、軽く走ってみた。やはり気持ちよくは走れず、足が地面につく度に地面に力を奪われるような、沼地を走っているような感じがした。

リレーはなんとなくごまかせたが、100mは予選からダメだった。周りの人が「後ろから来てた選手、速かったな」と言うと、「いや、自分が遅いから速く見えただけだろ……」と不安が募った。大学日本一を決めるインカレとは無縁の世界にいた私にとって、関東インカレはその年の最大の試合だった。それなのに準決勝敗退。何ら部に貢献できなかった。

試合が終わり、当時の主将がボソッと口にした失望の言葉が、ひどく胸に刺さった。その後どうやって家に帰ったのか、あまり覚えていない。道すがら私を支配していた感情は、後悔の一色。ときおり練習で手を抜いたこと。1週間友人と海外旅行に行ったこと。遊び歩いて疲労を残し、練習の質を下げたこと。心のどこかで1年のブランクを言い訳にしていたこと。大好きな主将に喜んでもらえなかったこと……。いろんな後悔が頭の中をぐるぐる回り、帰宅後はただただ泣いた。そして遅ればせながら「すべてを陸上に捧げる」と決意した。

居酒屋のバイトをやめた

この関東インカレのあとは、陸上のマイナスになるようなことはすべて排除した。立ち仕事で夜も遅い居酒屋のバイトをやめ、早朝から働けるパン屋と家庭教師のバイトに切り替えた。

パン屋でバイト中の長谷さん。コロネにチョコを詰めすぎては店長に叱られていた

朝5時からパンの仕込みが始まるため、早寝早起きの習慣がつき、大会当日の感覚に合わせた生活ができた。ついでにパンをおすそ分けしてもらえた。一人暮らしには、とってもありがたかった。

家庭教師は座っていられることが大きい。生徒の部屋には漫画『あしたのジョー』の単行本があったので、ときには授業そっちのけで読みあさり、勝利への意識を高めた。生徒の親から「先生、勉強じゃなくて人生を教えてやってください!! 」と言われ、私は心の中で「私は丹下さんから勝利の哲学を学んでますよ」と御礼申し上げたぐらいだ。いまは、あのときの中学生にお詫びしたい。

生活改善とともに、大きく変化したのは目標だ。それまでの目標は「自己ベストの更新」や「関東インカレ入賞」だった。これじゃダメだ、もっとストレートでなければと、「インカレ優勝」くらいの大きな目標を掲げ始めた。

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