敏腕GKは歯学部生 昭和大アイスホッケー伊藤悠吾(上)
連載「いけ!! 理系アスリート」の第10弾は、昭和大学歯学部の4年生にスポットライトを当てます。アイスホッケー部でGKとしてプレーする伊藤悠吾(学習院)です。実家が歯科医院である伊藤は、兄の恵吾(6年、同)と同じ昭和大歯学部で学び、FWの兄とともにアイスホッケー部で戦ってきました。医科歯科系大学の部活は常に時間との闘い。しかもアイスホッケーの練習は一般的に深夜だ。極めてハードな文武両道に取り組む伊藤の思いについて、2回に渡ってお届けします。
念願の1部昇格が目前で消えた
プレイヤーズベンチの後ろのスタンドは満席で、ブラスバンドとチアリーダーによる応援が館内に響き渡る。「なんか映画の撮影みたいじゃね? 」と、大会本部の学生スタッフが話すのが聞こえた。2018年12月9日、東京都西東京市のダイドードリンコアイスアリーナであった関東リーグ1部B6位の立教大と、2部で優勝した昭和大との入れ替え戦。2-2で迎えた最終の第3ピリオド。場内はシュート1本ごとに沸き、大きくどよめいた。
第3ピリオドは終始、立教大ペースだった。パックを自在にコントロールし、昭和大のゴールに迫った。しかし、3点目が決まらない。2部リーグMVPの昭和大GK伊藤悠吾が立ちはだかった。安定したスケーティングを基にした伊藤の守りは、アイスホッケーを見慣れていないファンにも「うまい」と思わせるだけのものがある。シュートを打ってくる相手にきちんと正対し、リバウンド処理も完璧。伊藤がシュートを止めるたび、昭和大の選手、応援席が盛り上がっていく。立教大からすれば、シュートを打つたび、逆に追い込まれていく感覚だっただろう。
3つのピリオドの計60分間を終えて、2-2。勝敗はGWS(ゲーム・ウイニング・ショット)にゆだねられた。サッカーでいうPK戦だ。リンクの中央からパックを運んでシュートを打つ選手とGKが1対1で対決し、ゴール数で上回った方が19年秋の1部リーグBで戦うことになった。伊藤は「GWSになればウチが有利」と自信を持っていた。その言葉通り、1本目は昭和大が決め、立教大が外してリードを奪った。しかし立教大が2本目で追いついた。迎えた最終3本目は昭和大が外したのに対し、立教大が決めて1部B残留を決めた。立教大は関東リーグ草創期には明治大と並ぶ2強を形成した名門。初の1部昇格を目指した昭和大のチャレンジは、伝統の壁の前に跳ね返された。
6年までプレーできる
昭和大の23選手のうち、高校までのアイスホッケー経験者は伊藤を含めて6人。それ以外は、大学に入って初めてスティックを握った選手だ。それでも、医科歯科系のため6年生までプレーできることに加え、その6年生が9人と多く、1部リーグとの経験値の差は近年になく縮まっていた。立教大は1部リーグBで10戦全敗。激戦の2部リーグで逆転優勝した昭和大とすれば、「1部昇格の最大のチャンス」という思いが強かった。
その絶好の機会を逃し、伊藤は泣き崩れた。「6年生には兄もいるし、勝って送り出したかったです。1本目のシュートを止めて、本来なら次のシュートへの備えをしなちゃならないのに、このままいけば1部だという興奮の方が僕の中で勝ってました。もっとやるべきことがあったんじゃないか、って後悔してます」。伊藤はこう振り返る。
勉強するのは当たり前
医科歯科系大学の部活動は、まさに時間との闘いだ。伊藤が言う。「授業は座学と実習があります。座学は朝8時50分から夕方の4時半くらいまで。実習が入ると、夜7時を過ぎることもあります。月曜日から金曜日までみっちり入ってて、空きコマが存在しないんですよ」。それでも入学後、迷わずアイスホッケー部に入った。
「僕は文系の学生のことはあまり知らないんですけど」と前置きしつつ、伊藤が語る。「理系の学部で部活動を頑張る。そこに意義があると思うんです。大学生なんだから、勉強するのは当たり前。その中で時間を見つけて、部活に打ち込むから面白いんじゃないのかなって」。スポーツ選手と医師とは共通項があると、伊藤は考えている。「病院で働くには体力が必要になります。一般の病院だと、夜に患者さんが来ることもあるし、当直になれば朝まで待機します。人の命、体を預かる仕事なので、体力、忍耐力、集中力が必要になるんです。それと部活は、上下関係を経験できます。OBや先生方との関係は、卒業後の仕事ですごく重要になってきますから」
スケートリンクでの氷上練習は、週に2~3回。通常、大学のアイスホッケー部は氷上練習のほかに陸上トレーニングに取り組むが、「授業の関係で全員が集まれる日がないので、氷上練習の日に陸トレもやります。効率よくやらないと、文系の大学に勝てないので」と伊藤。
勉強だけだとつまらない
アイスホッケーは用具を買ったりや練習場を借りるのに費用がかかるため、アルバイトをする選手も多い。そうやって東京都内や神奈川県内のリンクを転々とし、深夜0時近くに始まる練習に臨む。その時間帯でないと、リンク全面を借りるのは難しい。大学の方針として、優先するのは学業。3月中旬に山梨であった医科歯科系の大会では、全5日間のうち、最初の3日間は出られなかった。
時間の制約の中でアイスホッケーに打ち込むことが、伊藤にとってのやりがいになっている。「勉強だけだとつまらない、物足りない大学生活になってしまう気がするんです。勉強以外の時間に何ができるかと考えたら、部活に打ち込むこと。勉強だけだと、やっぱり面白くないんです」
伊藤にとってアイスホッケーとは、ほかの何かと並行しながらやるもの。アイスホッケーだけに絞っていないからこそ、充実感を味わえるものなのだ。それは、競技環境が整っているとはいえない東京という地でアイスホッケーに打ち込んできた伊藤だからこそ、持っている感覚なのかもしれない。