週11回の練習、同期の仲間とともに 早大漕艇部・川田翔悟(上)
連載「いけ!! 理系アスリート」の第11弾は、早稲田大学基幹理工学部4年の川田翔悟(早大学院)です。漕艇(ボート)部に所属する川田は、4月14日に東京・隅田川で開催される早慶レガッタに、第二エイトの漕手(そうしゅ)として出場します。埼玉県戸田市の戸田漕艇場に面した合宿所で暮らし、練習は週11回。ボート漬けの生活の中、どうやって文武両道に取り組んでいるのでしょうか。2回に渡ってお届けします。
「お前が隅田川で漕ぎきってくれ」
取材で早大漕艇部の合宿所を訪れると、学生はみな、よく通る声であいさつしてくれた。新入生が加わると、100人規模での共同生活となる。練習は月曜日が丸1日休み、金曜日は午後が休みだが、それ以外は午前・午後と1日2回の練習に取り組んでいる。授業のある平日は早朝練習に始まり、朝食をとってからそれぞれのキャンパスへ。授業が終わると合宿所に戻って、午後の練習。マネージャーがつくる夕食をみんなと食べ、早朝練習に備えて午後10時半には就寝する。傍から見ると修行のような日々に見えるのだが、川田自身は入学当初を振り返り、「抵抗はあまりなかったです。兄もいたのでなんとなく知ってましたし、修学旅行みたいで楽しそうだなって思ってました」と笑う。
川田は3学年上の兄悠太郎の影響で、早大学院高でボートを始めた。1年生の3月にあった全国高校選抜大会で準々決勝進出を果たし、2年生のときに高校生の部で初めて早慶レガッタに出場。そのレースで3年ぶりに早稲田が勝利。次第にボートが楽しくなってきた。それでも将来の選択肢を広げるために理系学部への進学を決めてからは、ボートは高校までと考えていた。時間的な制約で、ボートと学業の両立は難しいと思ったからだ。
そしてもう一つ、川田には苦い思い出が残っていた。川田は3年生になると主将に就いたが、あるとき自分だけではなく、部全体の勢いが突然フッとなくなってしまった。結局最後の試合も結果は振るわず、川田は「ボートから離れたい」と思うようになったという。
早大に進学すると、漕艇部員の兄を始め、いろんな人に「一緒にボートをやろう」と声をかけられた。ほかの部活やサークルの「新歓」を訪れてみたが、どれもしっくりこなかった。ボートを続けるかどうかについてはまだ悩んでいたが、誘われるがまま、兄の最後の早慶レガッタを観戦に訪れた。
その年の早慶レガッタは悪天候の中で開催され、花形の「対校エイト」では早稲田がレース半ばで続行不可能となり、慶應に負けた。兄の出る「第二エイト」は順延となり、後日、戸田ボートコースで再試合。兄を応援しながら、自分が最後に結果を残せなかった悔しさを思い出し、勝って仲間と歓喜する兄を見て、素直に「いいな」と思った。兄は早大学院高時代も含めて一度も隅田川でレースができなかった。そんな兄に「お前が隅田川で漕ぎきってくれ」と言われた。「これは自分がやらないといけないな」。川田の心が決まった。
早朝から漕ぎ、深夜まで勉強
川田が学ぶ情報理工学科では、1~2年生で数学や物理、化学などの基礎を学び、実験にも取り組む。2~3年生ではコンピューターを用いた授業が増え、プログラミングの実習が始まる。「もともと物理なんかは好きじゃなくて、それは大学に入っても同じでした。ただ情報系の授業は面白みがあるなとは感じてました。プログラミングとか。自分で中身を論理的に考えて、こういう風に組み立てたらうまくいくんじゃないかなって思ってやって、それが想定通りだったら気持ちがいいんです」
基幹理工学部がある西早稲田キャンパスへは、戸田の合宿所から片道40分程度。川田は高校時代も同じ戸田漕艇場で練習しており、当時は家と学校と戸田漕艇場を行ったり来たりする生活だった。それに比べると、大学では移動が楽になった。ただ生活はハード。「正直なところを言ってしまうと、ここまでハードとは想像してませんでした」と話す。
午前の練習は基本的に、同じ種目で試合出場を目指すクルー全員でやる。早いときには4時半に起き、軽く食べてから1時間半に渡ってボートを漕ぎ、朝食をとってから西早稲田キャンパスで9時から授業。午後の練習はウエイトトレーニングなどの個人練習がメインとなる。授業が6限まであると練習時間に間に合わないため、練習を別の日に振り替える。
10時半には消灯になるが、レポートが多いときや試験前は、真っ暗な部屋の中、机の電気スタンドの明かりだけを頼りに勉強し、ときには徹夜で午前の練習に向かうこともあるという。「物理的には時間を確保できなくもないんですけど、練習で疲れきってしまって、勉強する気があまり起きないということはありますね」
それでもきょうまで続けてこれたのは、純粋に「ボートが好き」ということ、そして、ともに戦ってきた同期の存在があった。「同期のことを考えると、やめるという選択肢はどんなときでもなかったです」。照れることなく、川田はまっすぐな目でそう言った。修行のような毎日は仲間たちと一緒だからこそ、乗り越えられる。