北の大地から世界を目指して 北大陸上部・高橋佑輔(下)
連載「いけ!! 理系アスリート」の第12弾は、北海道大学理学部化学科2年で陸上部の高橋佑輔です。兵庫県立兵庫高校3年の夏にインターハイの男子800mで優勝し、北大に現役合格。この秋から実験漬けで格段に忙しくなるのを前に、将来の国際大会出場を目指して走っています。後編は大学入学後のストーリーです。
お気に入りは美瑛の波状の畑
北海道で暮らし始めた高橋は、あまりの季節感の違いに驚かされた。「神戸では桜が咲いてるのに、札幌は雪が降ってて……。それと冬の寒さが、ちょっと考えられないぐらいで」。それでも北の大地での暮らしを満喫している。「夏は非常に過ごしやすいですし、観光地もいろいろあるので、来てよかったと思ってます」。何せ趣味が鉄道旅行。広すぎる北海道は、乗り鉄にはこの上ない場所だ。高橋のお気に入りは美瑛の風景。「畑が波状になってて、すごくきれいなんです。登別も好きなんですけど、やっぱり美瑛ですね」
下宿は北大のキャンパスから徒歩1分と近い。敷地内が広大なので、自転車で移動している。冬になると歩くしかなくなり、なかなかの苦労があるそうだ。
もちろん入学してすぐ陸上部に入った。インターハイ王者が入学してきたことは、高橋のツイートを通じて、先輩たちが知ってくれていた。
兵庫高校時代はグラウンドが狭くて使えず、近所の公園で練習した。だから、北大に入って練習環境はよくなった。練習では、もっぱら2学年上の酒井洋明(須坂)と競り合っている。高橋は昨秋の全日本インカレ1500mで7位に入った。
午後10時から机に向かう日々
2年生前期の平均的な一日のスケジュールは次の通りだ。朝8時に起き、8時半から午後4時すぎまで講義を受ける。空きコマがあれば、ジョグに出る。4時40分から7時半までが練習。練習後に夕食をとり、自由な時間があって、10時から机に向かう。そして0時半に就寝する。
理学部化学科だけに、後期からは毎日のように実験が入ってくる。その一つひとつに対してリポートを作成しなくてはならない。「2年後期と3年は、かなり忙しくなりそうです。そうなっても、空きコマに走る時間を増やしていけば走行距離や練習時間は確保できるはずです」。冷静だ。
今後勝負していきたい1500mのベストタイムは、高校時代の3分45秒10。大学では3分47秒01だ。4月21日の兵庫リレーカーニバルでは3分48秒29だった。今年の目標を尋ねると、「あまり上限を決めたくはないんですけど」と前置きして、3分40秒台は出したいと言った。
自分なりの文武両道、最後まで
その先に見すえるものは? 「いまのところ、いちども国際大会に出てないので、派遣選手として選ばれたいと思ってます。高校時代に一歩一歩上のラウンドを経験できたんで、次は世界で走ってみたいです」。もう一声、と思って尋ねた。陸上で一番大きな夢は? 「あまりそこまで考えてはなかったんですけど、世界選手権とオリンピックに出させてもらえたら、すごいうれしいなというぐらいです。一筋縄ではいかないと思うんで」。自分の力を冷静に見つめ、大きなことを言わないのもまた、いい。
文武両道が自分にとって当たり前の生き方と考えているかどうか尋ねた。「うーーん、僕の場合は、部活動ができる人が、たまたま勉強ができただけというか。それが勉強じゃなくて、できることが別のことだったとしても、それは文武両道だと思います。勉強だけじゃないと思うんです。少なくとも僕は『これが当たり前』なんて言えるほどすごいわけでもなんでもない。ただ、僕が多少できるのが陸上と勉強だっただけとしか思ってません。でも、できることはちゃんと最後までやりたいなと思ってます」。うーーん、賢い。そして、アツい。
やりたいことを、やりたい
少し早いが、将来のことについても聞いてみた。「別に研究者でなくてもいいんですけど、海外で仕事したいと思ってます。別に日本が嫌ってことじゃなくて、狭い中でいろいろやるより、広いフィールドでやりたいです。そこで、自分が興味を持ったところをやりたいなって。やりたいことを、やりたい。それしか決まってないです。」やりたいことを、やりたい。シンプルすぎるかもしれないが、これほど強く、希望に満ちた言葉はない。
北大で一番気に入っている場所は、陸上部のグラウンドに隣接する広大な農場だそうだ。「札幌の一等地というか、都会の中にだだっ広い原っぱがある。グラウンドの側から見ると、農場に牛がゆっくり歩いてて、そのずっと奥にビル群が見えるんです。のどかな風景とビルの対比が面白いです。冬は雪原になって、すごくきれいです。たまにキツネもいます」
北の大地が高橋の心を豊かにし、アスリートとして成長させる。