大学陸上・駅伝

連載:私の4years.

選手登録を巡る騒動、会社のみなさんは支えてくれた 元 岡山大学・小林祐梨子2

豊田自動織機の社内駅伝で。会社のみなさんにはほんとに支えられました(写真は本人提供)

連載「私の4years.」7人目は陸上女子1500mの日本記録保持者である小林祐梨子さん(30)です。2006年、兵庫・須磨学園高3年のときに日本記録を出し、07年4月に豊田自動織機へ入社。同時に社内留学制度で岡山大学理学部へ進みましたが、実業団側の競技団体から選手登録を認められませんでした。2回目はその“事件”についてです。

1日24時間、陸上のことを考えたくはなかった 元 岡山大学・小林祐梨子1

夢で満ちあふれた入社式から一転

忘れもしない2007年4月2日。この日に端を発した出来事については今日まで一切触れてきませんでしたが、自分の思いを表現することが、今後の陸上界のみならずスポーツ界にとって意味があると考えるようになりましたので、綴(つづ)らせていただきます。

須磨学園高校を卒業した私はこの日、新品のスーツで豊田自動織機の入社式に出席しました。「会社名がついたユニフォームで、これからどんな活躍ができるんやろ」と、ほかの新入社員のみなさんと同じような期待と不安を感じ、緊張しながらも「世界と戦いたいです」と記者会見で口にするほど、夢で満ちあふれていたのです。そんな幸せな日が、急転することになりました。

岡山大学の入学式で、新たな環境が楽しみすぎて笑顔(撮影・小田邦彦)

「小林祐梨子は実業団登録できず」と、マスコミが報道したのです。豊田自動織機へ所属しながら社内留学制度を使い岡山大へ進学したことで、日本実業団連合は「勤務実態がない」との見解で、選手登録を受け付けない、と。選手登録ができないと、実業団連合主催の大会や実業団駅伝には出られません。この寝耳に水の事態に私も会社側も困惑し、裏切られたような思いになりました。

社内留学制度は視野を広げ、専門的な知識を深め、会社に貢献するシステムです。実際に私は岡山大学卒業後、コンプレッサー事業部技術部に配属させていただき、ありがたいことに大学で学んだ数学を生かしてプレゼンをする経験もしました。当時、大学院に通う実業団選手はたくさんいました。「大学院生はよくて、なぜ大学生だと認められへんの?」。その疑問しかなかったのが正直な気持ちです。

高校を卒業したばかりで味わった孤独感

社内留学制度は本来、勤務として扱われていますが、それがたとえ認められないとしても、実業団選手の中には勤務実態のない選手が果たしてゼロだと言えるのでしょうか。高校を卒業したての10代の私は仲間外れにされたような孤独感も味わいました。そんな私を支え、一緒になって主張してくださった会社のみなさんには、いまでも感謝でいっぱいです。

その後、スポーツ仲裁機構(JSAA)に調停を申請しましたが、不調に終わりました。実業団連合に対して同機構による仲裁合意を求める要望を出しましたが、断られました。
練習でも試合でもないのに東京へ足を運ぶことが増えました。「これがいまの自分にとって必要な時間なのか」と逡巡(しゅんじゅん)しました。

実業団連合側が望んだのは裁判での解決でした。もしそうなると判決が出るのが大学を卒業してからという可能性もあるということ、またそれ以上に心身ともに疲れ果てて競技どころではなくなると判断し、私たちが引く形で収束しました。その際、実業団連合は「多様化する雇用形態などの実態を踏まえて、登録規定を見直していく」とコメントしました。それでもこの問題は現在も棚上げされたままとなっているように感じているのは私だけでしょうか。選手にとって一番いい環境づくり、ルールづくりが求められる時代に来てるんじゃないでしょうか。

そんな2007年から08年にかけて、登録問題を引きずることなく陸上に没頭できたのには理由がありました。

大学を卒業し、4年ぶりの駅伝。感慨深かった(写真は本人提供)
大阪での世界選手権を逃し、姉と目指した北京五輪 元 岡山大学・小林祐梨子3

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