陸上も勉強も、大事な時期に集中あるのみ 名大医学部・真野悠太郎(下)
連載「いけ!! 理系アスリート」の第18弾は、名古屋大学医学部医学科5年生で、陸上400mハードル(H)に打ち込む真野悠太郎(滝)です。医学部生として多忙な毎日を過ごしながら、2020年の東京オリンピックを目標にして競技を続けています。2回の連載の後編は、医学部生として、そしてアスリートとしての夢についてです。
集中する時期を見極める
真野は小学生のときから漠然と思い描いていた「お医者さん」への道を、名大医学部で具体的に歩み始めることになった。その一方で高校時代にインターハイで3位に入った経験もあり、大学でも陸上を続けることに迷いはなかったという。名大陸上部に入った当時、大学には全学部を対象にした陸上部しかなかったが、真野の同期に医学部生が3人、さらに陸上部への入部を迷っていた医学部生が2人いた。上級生にも各学年に1人ずつ医学部生がいたこともあり、「だったら医学部陸上部をつくろう」という話が持ち上がり、真野が1年生のときに医学部陸上部ができた。
練習は全学の陸上部で週4日、医学部陸上部で週1日で合わせて週5日。両方の部に入らず、どちらか一方だけでもよかったのではと尋ねると「兼部といっても、全員が医学部陸上部にも入ってる状態だったので、それが普通だったんですよね」とさらり。1年生のときは陸上部の活動拠点がある東山キャンパスでの授業が多かったが、2年生になると授業の半分は鶴舞キャンパスとなり、3年生からは完全に鶴舞キャンパスとなった。5年生になったいまは名大医学部附属病院のすべての科をまわり、臨床実習に取り組んでいる。
部の幹部になる4年生までは、できるだけ全体練習に参加するようにしていたが、5年生になってからは実習の予定を見ながら自主練習に切り替え、自分のリズムで練習している。全学の陸上部へは週2日程度、医学部陸上部には予定が合えば参加する。それでも週5日の練習回数は確保している。
これまでを振り返ると、臨床実習に臨むために4年生全員に課せられている共用試験(CBTとOSCE)前は練習時間がとれずに大変だったというが、「僕の頭の中では、陸上も医学も両立してるという感覚はないんです。だから難しいと思ったこともないです」と言いきる。その理由として真野は「それぞれ集中するべき時期を考えればいいことなんです。日ごろから積み重ねて、それぞれ大事なときに集中して取り組んで。それを繰り返してきました」と話す。
父が循環器内科の医師ということもあり、真野も「将来は循環器内科に」と考えることが多かったそうだが、全科の臨床実習をする中で迷いが出てきた。「僕は本当に何をしてても『いいな』と思っちゃう性格なんで、科が変わるたびに『こういうのもありだな』って、日々思いながら実習してます」と笑う。いまは医師に求められる技量を一つひとつ身につけることに集中している。
11年間ずっと先輩の小田と競い、励まし合い
その一方で、競技に対する目標は明確だ。1学年上の小田将矢(名大大学院工学研究科修士課程2年、滝)と競い合いながら練習を重ね、その先に来年の東京オリンピックを見すえている。
小田は1学年上ではあるが、私立滝中学校のころから11年間も、ともに近いレベルで走ってきたため、互いに気を遣わずに何でも言い合える。「ちょっと腹立たしいなと思うことはあるんですけど、僕も憎たらしいことも言うからお互いさまで(笑)。僕は甘えたがりなので、優しく諭してくれる先輩はありがたいって思ってるんですよ、これでも」と真野。小田が大学院に進んでからは互いスケジュールを合わせるのが難しくなったが、それでも強度が高い練習をしたい時期は連絡を取り合い、一緒に練習に向かっている。時にはサボりたいという気持ちも芽生えるが、「小田先輩に先を越されるのはちょっと悔しい」と自分を律し、決めただけの練習はする。
小田は来春、修士課程を終えて自動車部品メーカーに就職する予定だが、社会人になっても競技を続け、真野との練習も継続するつもりだ。そのころ真野は医学部6年生。そしてその先は研修医として医療の現場に立つことになる。「医者になっても競技を続けられるかどうかはまだ分からないんですけど、とりあえず学生のうちは全部出しきろうって思ってます。だから目標はあくまでも東京オリンピックです」。真野の決心は揺るがない。
限界を感じにくいのが400mハードル
真野の自己ベストは49秒50だが、400m走のタイムは48秒50とあまり差がない。「ちゃんと走れば47秒50ぐらい出るんじゃないかな?」と言うが、真野自身は走力に頼らず、足を置いていくだけでハードルを越えられるという考え方だ。「僕はハードルがないと全然走れなくて、ハードルがあるから勝てるんです」と真野。この言葉を理解するには、真野自身が400mHという種目に感じている魅力について知るのが近道だ。
「400mハードルって、何をしても伸びうると思うんですよ。頭の中のイメージではいつも『これをやったら伸びる』という要素がある。走りの部分にしてもハードルにしても、一つひとつの動きを小分けにしたらやるべきことはあるし、全体で見ても考え方ひとつで全然違うアプローチができる。そういうのを常に感じながら練習ができるので、自分の限界を感じにくいんです。だから世界で戦おうと思えば、自分はできるって信じてます」
ハードルの技術を学び、練習で動画を撮影して動きを検証することもあるが、最終的に大事にするのは自分の感覚だ。例えばこの角度でハードルに入りたいというのがあったとき「そのためには、こういう感覚で体を動かすことが大切だよな」となる。「理系なんですけど、そこはやっぱり感覚です」。真野はそう言うと、人なつっこい笑顔になった。
真野は目標とする東京オリンピックに向け、一つひとつのハードルを跳び越えていく。