ドイツ在住の夢追い人・中山イチローの「人生なんとかなってきた」#14 修行始まる
ドイツでの寿司修行の旅は、出だしから波乱続きでした。カイザースラウテルンから400km離れたミュンスターまでは、車で4時間ほど。当時生後10カ月の娘と妻の3人で、1カ月間居候させてもらうオーナー鈴木さんの自宅に向かっていたのですが、ミュンスターまであと少しのところで、工事のために道路が封鎖され、迂回(うかい)するようになってました。カーナビが教えてくれる通りに走ってたら、到着予定時間がどんどん遅くなっていくやないですか! なんでや? と思って周りの景色を見ながら走ってようやく気づいたのですが、同じところをグルグル回ってただけやったんです!
ようやくたどり着いた寿司修行の地
カーナビが旧式だからか、迂回路からの道を探してくれてなかったんです。カーナビが発するドイツ語もろくに理解できてないのに、設定を変えたりできるはずもなく、途方に暮れました。その上、家族でドイツに引っ越してまだ3日目だったので、ドイツで使える携帯電話すら持ってない……。まるで無人島に取り残されたような気分になり、冷や汗が止まりませんでした。
自宅 でwifiを使って居候先までの道のりを検索したときに、「通り」の名前だけは写してあったので、そのメモだけを頼りに車を走らせました。助手席の妻がメモに書かれた「通り」を探してくれるのですが、周りはドンドン暗くなり、標識が見えなくなっていきます。こりゃもう、たどり着かんわぁ、とあきらめかけてたら、妻が「あった!」と叫びました。その後も真っ暗な上に霧がかかり、視界が効かない中、メモした「通り」をすべて見つけ、奇跡的にオーナー宅を見つけ出しました。言葉が通じない国、土地勘がまったくない場所で通信手段もなく道に迷う。本当に恐怖の時間でした。でも、なんとかなりました。
ミュンスターに奇跡的に到着した翌日から、僕の寿司の修行が始まりました。オーナーの
家からお店までは車で10分ほどの距離なので、店までの道順を聞き、ひとり車で店に向かいました。土地勘のないところでの運転をナメたらいけません。また迷いました……。
またもや偶然!? 奇跡的!? に店を見つけはしましたが、修行初日から約1時間の大遅刻。あわてて着替え、店に入ってビックリ。満席です! 従業員は誰もがバタバタしていて、僕のことなど目に入っていない様子。自ら寿司を握っている職人さんのところに行って「初日から遅刻してすみません! 中山と申します! 今日からよろしくお願いします!」と言うと、「ものすごく忙しいから、あいさつはあとで! とりあえずキュウリ巻きと鉄火巻きを一本づつお願いします!」と、巻き寿司をつくるように言われました。いきなり巻けるはずもないので「僕、お寿司を巻いたことも握ったこともないのですが、どうやったらいいですか?」と聞くと、「えーーーーーーーーーーーっ!!」と寿司職人さんが大声で叫びました。その職人さんは続けて「僕もこの店に来てまだ数カ月なんです! オーナーは今日から入院でお店に立てないから、今日初めてひとりで寿司を握ってるんです! オーナーからは代わりの人間が来ると聞いてて、てっきり職人さんが来ると思ってました! 僕が説明しながら寿司をつくっていくので、見て覚えて、できそうになったら言って下さい!」。汗だくで寿司を握りながら、一気にそう言いました。
お客さんの視線が痛かった
オープンキッチンだったので、目の前に座っているドイツのお客さんの鋭い視線をひしひしと感じながら、その日は見よう見まねで、巻き寿司を数本だけ巻きました。すごいプレッシャーでした……。
大忙しの修行初日はあっという間に時間が過ぎ、あとかたづけをしながら、寿司職人のヒロさんと話していると、どうやらオーナーの鈴木さんは胆石の手術のために今日から数日間入院。しばらくの間はヒロさんと僕のふたりで寿司を担当することが分かりました。鈴木さん、なんで事前に言ってくれなかったんだろう。道に迷って家に着いたのが遅かったから、伝える時間がなかっただけなのか? それとも前もって言うと、僕が「そんなん無理です!」って言うかもしれないから言わなかったのか? 何はともあれ、修行初日から寿司を巻かせてくれるドイツ流!? 荒修行が始まりました。
続きは次回に。