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連載:近畿大学アメフト部OB中山一郎の「行動あるのみ」

ドイツ在住の夢追い人・中山イチローの「人生なんとかなってきた」#17 ビザが取れた

外国人局の前でアンドレアスと。僕、疲弊した顔してますね(写真はすべて本人提供)

ドイツの外国人局から「調理師免許がないなら自営業ビザは発行できない」と告げられ、代わりに妻の管理栄養士国家試験合格証書を提出しました。アンドレアスの「ビザをもらううのなんて簡単さ」という言葉は何やったんや! 申請に必要な書類を集めに日本に帰ったのは何やったんや! ビザが出ずに日本に帰ることになったらどうなるんや! 取り返しのつかない人生の選択をしてしもた……。頭の中はネガティブ発想のオンパレード。同時に進めていたレストランの内装工事は、いったんストップしてもらうことにしました。

大活躍だった妻の成績表

しばらくすると、ホテルのオーナーから「外国人局から呼び出しや!」との連絡があり、一緒に行くことになりました。外国人局に入ると、いままで知らなかった通路に案内され、核シェルターのようなところに連れていかれました。部屋に入ると、大統領が座るような立派なイスがあり、存在感が半端なく大きなEUの旗とドイツ国旗が飾られていて、まるで「外国人はそう簡単に入られへんで!」と言われているかのようでした。そこに、黒のスーツ姿で品格を感じさせる大きなドイツ人が入ってきました。どう見ても外国人局トップの人間。

イスに座ると、黙って書類を開きました。「あっ、妻の大学時代の成績表や!」。そう、管理栄養士国家試験合格証書と一緒に提出してあった妻の成績表をまじまじと見ているのです。表情ひとつ変えずに成績表に目を通し、机からペンを取り出しました。すると、あらゆるところにチェックを入れはじめました。チェックを入れるたびに大男の表情が緩んでいき、「ナンデ、モットハヤク、コレヲモッテコナカッタノ!」と言いました。取れました! ビザが取れました! 1mmもドイツに行きたくなかった大阪生まれ、大阪育ち、大阪大好きな妻が管理栄養士の資格を持っていたおかげで、ドイツの自営業ビザが取れたのです。

アンドレアスは外国人局の偉いさんとも仲よしだし、いままで数多くのサッカー選手のビザの申請をしてきたので、僕の場合も簡単に取れると思ったようなのですが、職歴とまったく関係のない分野の事業を立ち上げるEU圏外の外国人へのビザ発行は過去の事例が少なく、想像以上に難しいものになってしまったようです。

すぐ取れるはずのビザ取得に7カ月かかりましたが、なんとかなりました。

内装工事では、えらい目に会わされました

自営業ビザが取れてからは、役所に営業許可証をもらいに行ったり、税理士に経理について教わりに行ったりしました。すべてやり取りの相手はもちろんドイツ人、ドイツ語です。当時、ドイツ語の勉強を始めて7、8カ月しか経っていなかったので、すべてのやり取りを理解するのはとうてい不可能でしたが、手こずりながらもすべての手続きを通訳なし、ゼスチャー多用で、妻と僕のふたりだけで乗りきりました。これまた、なんとかなりました。

店の内装工事です。これが一大事でした

あとは店の内装工事が終われば、オープンまであと一歩。この一歩が長かった……。工事業者が指定以外の塗料を使ったり、期日を守らなかったりと、たくさんの決まり、約束を破られまくりました。日本では考えられないことが多発しましたが、「ここは日本じゃないんや」と必死で自分に言い聞かせました。なんとかならないこともあります。

内装工事も終盤にさしかかってきたころ、大阪の母親から連絡があり、母親と、母親の店を長年手伝ってくれた家族同然のご近所さんの2人がドイツに来て、店のオープンを手伝ってくれることになりました。

さあ、ドイツ語なんか分かるはずもない母親がドイツに来てどうなるのか!

この続きはまた。

元刑務所のホテルが珍しいと、ロケに来られました

近畿大学アメフト部OB中山一郎の「行動あるのみ」

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