大学陸上・駅伝

連載:私の4years.

「自分にしかできない何か」を求め続けて 元青山学院大陸上部・高橋宗司5完

箱根駅伝慰労会にて、同期と記念撮影!(写真はすべて本人提供)

連載「私の4years.」の9シリーズ目は、青山学院大が箱根駅伝で初優勝したときのメンバーだった高橋宗司(そうし)さん(26)です。5回の連載の最終回は、なぜ優勝できたのかの振り返り、そして社会人として生きる上で考えていることについてです。

箱根駅伝初優勝、ただ喜びだけが湧き上がってきた 元青山学院大陸上部・高橋宗司4

陸上をやめるのは、大学1年から決めていた

箱根駅伝で総合優勝した翌日、テレビ出演など夢見ていた光景が一気に広がりました。自分たちがなしとげたことに実感がわかず、「やった感」はゼロ。キャプテンの藤川と神野に「優勝できると思った?」と聞いたら、二人とも「いや、なんだかんだ2位くらいで終わると思った」と、真顔で言ってました(笑)。

僕以上に本気だったみんなも心のどこかで不安になるくらいに「箱根駅伝優勝」というワードは果てしなく遠いものだったのだと思います。それが一気に現実なって、信じられなくて、たまに思い出しては幸せな気分に浸って、このまま陸上をやめる自分が信じられませんでした。

なんと、「深イイ話」にも取材されました

陸上をやめることは、大学1年生のころから決めていました。決めたというより、実力的に無理であることに気づいていました。すべては「有名になりたい」という一心で箱根駅伝を走ることを志したので、その後社会人ランナーとして走るのに「箱根駅伝を超えるモチベーションはあるのか?」と自分に問いかけたとき、答えはノーでした。そして、世界で勝負できるランナーに自分がなれる可能性も限りなくゼロに近く、それは僕のベストタイムからみても明らかです。やめるかどうか迷った時期もなく、むしろ「普通の生活」に対するあこがれもありました。

「え、もう終わりか」という感覚で最後の箱根が終わり、すぐ切り替えて大学生活を謳歌(おうか)しましたが、目標に向かって走る生活から一気に変わって、目標がなくて寂しいというのが本音でした。寂しいという感情なんて、引退前は予想してなかったので、そう思わせてくれる結果と仲間が最後にできたんだ思うと、「これ以上ないハッピーエンドなんだな」と、自分の中で現実を整理できました。

箱根後の卒論発表会にて、ゼミの同期と。「普通」の大学生活を謳歌しました

日本で一番練習したから、優勝できた

引退してから「なんで優勝できたの?」と、当時はまぐれかのように聞かれることがありました。選手だった僕からすると「日本で一番練習したから当然でしょ」くらいの感覚でした。青学の練習は聞く限り、ほかの大学と比べても間違いなく量も質も意識も一番でした。とくに、大学2年生になってから、いわゆるキツい練習の間の「各自jog」が異次元レベルに速くなったと感じました。僕は全然速さについていけず、どうやったらあんなに長く速くjogできるのか不思議でしょうがなかったです。

通常の練習の他にも、外部トレーナーの中野ジェームズ修一さんを招いて「コアトレーニング」を取り入れたのを始め、速く走るためのことは全部やり、速くなることだけを考えて生活していたため、練習以外の時間の意識・知識で、ほかの大学に差をつけられたかなと思います。合宿中に人狼ゲームをしていたら後輩の神野に「遊びに来てるんじゃないんですよ」と、僕が怒られることもしばしばあったくらいです(笑)。

卒寮式に監督夫妻と。みんながTシャツにメッセージを書いてくれました

たまには怒る原晋監督ですが、最後の1年間は「真面目すぎてつまらんなぁ」とぼやくだけで、怒られた記憶がありません。チーム全員の意識が高すぎて、怒るところがなかったのだと思います。4年生が中心になって、例年なら見過ごすようなところもしっかりチェックしていました。僕は他人に怒れない性格だったこともあり、私生活でいつも見本になってくれていた同期のみんなには本当に感謝しています。

最後の箱根駅伝のメンバー発表の際、補欠を含めた16人のエントリーに、4年生は僕含め3人しか入れませんでした。もちろん、補欠に入れなかった同期の中には引退する人もいます。普通なら燃え尽きて投げやりになるところを、もう走る目標がないのに、翌日から朝練の各自jogではずっと先頭を走ってました。そして「もう一緒に走ることもないから」と言いながら、キャプテンの藤川もつられて走ってました。

「チームのためにありがとう」なんて言葉は彼らにとって失礼であり、チームのためではなく「最後の最後まで全員が自分のために全力を尽くす」という姿勢を貫いてました。こういう姿勢を後輩たちが感じてくれて、いまにつながっているのを、僕は誇りに思います。こうした「頑張った仲間」を手に入れられたことが、優勝よりも何よりも一番の宝です。

卒業式に同期と。学生でなくなるのはなんだか変な感じでもありました

不思議ですが、引退してからの方が間違いなく仲がいいです(笑)。卒業してから、僕らが4年生のときの1年生までを集めて、箱根駅伝当日にみんなでお泊り会「青学会」をしています。チェックアウトが午前10時だったら、当時から色褪せないチームワークを発揮して全員で片づけをして、追加料金が発生するわけでもないのに、必ずきっちり9時59分までには出ます(笑)。そんな当時の笑い話を毎年一回だけできる1月2日が、いまの楽しみです。

走り続けて、「僕にしかできない何か」を求め続けて

引退して来年の1月で丸5年になります。この間にもう一回実業団で走ろうかなと思ったこともあったり、走るのが嫌になって2年くらい走らなかったり。いろいろありましたが、後悔はありません。いまはサラリーマンとして社会人5年目になりましたが、原監督のもとで陸上をやれたありがたみに気づくことが多いです。監督のモットーでもあり、僕のモットーにもなったことですが、「自分の名誉のために仕事を頑張る」という姿勢を大事にしてます。それが誰かのためになると思っていますし、人生を豊かにする最善の方法だと思うからです。

今年1月2日の「青学会」。また来年も楽しみです!

走ってばかりいた僕がいきなり、いままで勉強を頑張ってきた人たちと同じレベルで競うのは本当に大変ですが、「好きだからやってる」という精神を忘れず過ごしてます。走る方にはすっかり疎遠になってしまいましたが、2カ月前からダイエットのため走り始めました。そこで最近思うのは、「やっぱ俺は走らないとな」ということです。もともと頭もいいわけではないですし、人より何かができるわけではありませんが、走ることを通していろんな人と出会ってきました。僕の好きな言葉に「人の持つべき最大の能力は、会うべき人と出会う能力」というものがあります。まさに僕の周りはみんないい人で、僕は周りに恵まれる天才だと思ってます(笑)。

走ってきたからこそいまの仲間と出会えて、いまの自分があると考えると、走らないのは自然ともったいない気がしてきました。レベルは違いますが、これからも走り続けて、いろんな人と出会って、「僕にしかできない何か」を一生求め続けていきたいと思います。そして、ひそかに持ってる「同期全員おっさんになってから駅伝を走る」という夢をかなえたいなと思ってます(笑)。

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