サッカー

連載:サッカー応援団長・岩政大樹コラム

再開したサッカー・ブンデスリーガから読み解く「ゲーム勘」の正体

岩政さん自身、全員がそろってこれだけ長期のオフになるという経験はしたことがない。それでも、前もって考えておきたいことを今回のコラムにつづってくれた(すべて撮影・小澤達也)

新型コロナウイルスとの戦い(共存?)はまだ続いていますが、少しずつ世界でサッカーが再開されています。大学サッカーももう少しで再開されると聞いています。油断はなりませんが、今はみな、再開・開幕に向けて一気にペースアップを図っているところでしょう。

これほど長期で全員が休む、ということはなかなかありませんよね。けがでの長期離脱も当人だけですし、シーズンオフもこれだけの長期ではありません。Jリーグも大学リーグも、再開してしばらく、様々なことがイレギュラーに起こることが予想されます。私もこうした状況と同じ局面を迎えた経験は、当然ながらありません。そのため参考になるか分かりませんが、先駆けて5月16日より再開されているドイツ・ブンデスリーガを見ていて思い出した再開後の注意点について、今回は書いてみたいと思います。

選手も自由にSNSで発信できるいま、その発信は何のためであるか
島で育ち、勝つためのサッカーを悟る 元日本代表・岩政大樹さん1

“瞬時”となると状況が変わってしまう

長期間公式戦がない期間が明けて試合をする時には、やはりコンスタントに試合をこなしている時とは心持ちを少し変えて戦わなくてはなりません。「心持ち」というか「意識の置き方」ですかね。メンタル的な不安定さに対する意識の置き方もそうなのですが、サッカー面でいくと、普段とは少しだけ注意度を上げてプレーしなければならない点があります。

その中でも私が意識していた点が二つ。一つが「瞬時の判断」、もう一つが「空間認知」です。私は「ゲーム勘」と語られることのほとんどをこの二つで語られると思っています。

「瞬時の判断」に関しては、シーズン初期にみなさんもよく見るのではないでしょうか。瞬間的に判断を変えてプレーしようとして裏目に出てしまうようなシーンを。再開されたこれまでのブンデスリーガでも、いくつか見られています。ロングキックを蹴ろうとしていたところで、相手のアプローチを感じて瞬時に“切り替えそう”と判断を変えたところ、ミスをして奪われてしまうシーン。あるいは、ボール際の局面での「足を出すか、出さないか」の判断に大雑把(おおざっぱ)さが見られるような場面もそうです。「そこ、足出さなくていいだろう」「行かなくていいだろう」と見えるような場面でも、つい判断を誤ってしまい、入れ替わられて後手を踏んでしまうケースです。

トレーニングは十分積んで試合に挑んでいる選手たちですから、大局的な判断はそれほど普段と変わらず行えます。しかし、“瞬時”となると少し状況が変わってくるのだと思います。

究極的には、試合の中でしか精度は高められない。それを分かった上でどう考え、どう行動するか

「結果」がより頭にちらつくのが試合。見ている人(スタンドでもテレビ越しでも)がたくさんいるのが試合です。それらの様々なプレッシャーの中で、どんどん切り替わっていく試合状況に合わせて適切に判断していくのは、究極的には公式戦の中でしか精度を高められません。ブラジル人監督たちが口をそろえて言っていましたが、「試合(公式戦)でどんな判断ができるかがすべて」なのです。

浮き玉にどう対応するか

「空間認知」も同様で、ヘディングを特長としていた私には意識せざるを得ない点でした。とくに浮き玉の落下地点の読みに関しては、シーズン当初はなかなか難しい面があります。これは色々な理由が内包していると思っているのですが、一つは先ほどの「瞬時の判断」と同様、試合での精度は試合でしか高められません。本気同士のぶつかり合い、本気同士の駆け引きは公式戦でしか存在しませんから。

加えて、シーズン前の練習や練習試合では、公式戦に比べて、明らかに浮き玉の状況になる回数が少ない点も挙げられます(この点をどう捉えるかは置いておいて)。サッカーでは、練習や練習試合では足元でつなごうという意識が高くても、試合になると安全な選択が増え、ロングボールが増える傾向があります。それにより、公式戦が始まると“突然”、浮き玉の状況での判断、プレーが増えるのです。それにより、シーズン当初は「空間認知」の感覚がうまく“ハマっていない”状況で試合をすることは往々にしてあり、私もそれがハマってくるまでは少しごまかしながら戦っていました。

では、練習で浮き玉もたくさんやればいいじゃないか、と思われるかもしれません。しかしこれも難しいのは、練習でいくら浮き玉の練習をしても、“試合での感覚”はやはり試合でしかハマってこないんですよね。もちろん、ある一定までは感覚の誤差を少なくすることは可能なので、例えば鹿島アントラーズが2007~09年に3連覇を果たした時のオズワルト・オリベイラ監督は、意識的に浮き玉の練習を増やしてはいましたけどね。

最終的に大切になるのは選手の意識の置き方

それでも、やはり究極的には「瞬時の判断」も「空間認知」も試合でしか精度を高められないものだと思います。それ以外の面も「ゲーム勘」という言葉の中で、完璧にはフィットしない部分はあるのでしょう。ただ、この二つは試合での結果に比較的直結しやすい。決定的なミスにつながりやすいので、より注意が必要だと思います。

さてそうなると、最終的に大切になるのは選手の意識の置き方です。「ゲーム勘」とは何なのか。「公式戦になると“具体的に”何が変わるのか」。「自分の状態」は今どうなのか。それらを、過去の自分を振り返り、今の自分を考えて、しっかり認識しておくことが必要です。そして「結果」から逆算して、より良いプレーを選んでいかなくてはなりません。

再開後のリーグを支配していくのは誰か。どのチームか。おそらく、「ゲーム勘」と「サッカー」、そして「自分(たち)」というものをよく知る選手とチームになっていくでしょう。

サッカー応援団長・岩政大樹コラム

in Additionあわせて読みたい