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連載:監督として生きる

どの年代でも基礎が大事、体育館に縛られない学びを 早稲田大・松井泰二監督3

松井監督(中央)は中学校の先生を経験した後、筑波大学大学院へ進み、2年間、バレー部のコーチを担った(写真は本人提供)

男子バレーボール関東1部リーグの早稲田大学を率い、昨年の全日本インカレでは3連覇を達成。ユニバーシアード男子日本代表でも監督を務める松井泰二監督(53)。連載「監督として生きる」ではそんな松井監督の現役時代も含め、4回にわたって紹介します。3回目は大学で指導するために進んだ筑波大学大学院時代についてです。

強豪・筑波大で知らされた基礎の大切さ

早稲田大を卒業し、中学校での指導を経て、再び母校の研究室へ戻る。それが最初に描いた将来の設計図だったが、現実はまた、予期せぬ方へと進む。「大学の先生になりたいならすべてのカテゴリーを知らなければダメ」と言った大学の恩師が、今度は「俺はバレーボールの指導力がないから都澤(凡夫)先生のところへ行った方がいい」と筑波大学大学院を勧めた。

早稲田大とはまた異なる雰囲気や文化のある筑波大が、OBでもない自分を受け入れてくれるのか。少なからぬ不安はあったが、それもすべて受け入れてくれたのが、筑波大男子バレー部だけでなく、Vリーグに属するつくばユナイテッドの創設など、広い視野でバレーの強化、育成、発展を掲げ、実践してきた都澤・元筑波大男子バレー部監督(故人)だった。

大学院生としてコーチとして、1年365日、そのほぼ毎日昼食を都澤監督とともにし、松井監督曰く「都澤先生は惜しみなくたくさんのことを伝えてくれて、バレーボールのいろはを教わった」という色濃い日々を過ごす。さらに、現在筑波大監督の秋山央氏も大学院の修士課程に在籍し、ともにコーチを務めたことや、当時の4年生で主将、副将はともに北京オリンピックへ出場した山村宏太氏(現・サントリーサンバーズ監督)と朝長孝介氏(現・大村工業高監督)。能力、知力の高い選手たちがそろう。「まさに刺激だらけだった」と松井監督は振り返る。

「中学と大学とでカテゴリーの違いはありますが、どの年代にも共通するのは『基礎が大切だ』ということです。パスが飛ばないならば、必ずそこに理由があります。でも筑波のように、非常に力のある素晴らしい選手たちがそろっている場所では、僕が提唱するような基礎練習は簡単に何でもできてしまうんです。だから指導者としては、大学生に対してはもっと違う方法を考えなければいけない、と学ぶ一方、こんなに基本的な基礎練習に時間をかけて手厚く一生懸命やっているんだ、ということも分かった。(修士課程の)2年間という短い時間でしたが、学んだことは計り知れないほどにありました」

松井監督(二列目の左端)は都澤先生(前列左から4人目)にバレーのみならず、様々なことを学んだ(写真は本人提供)

目的を考え、個を尊重する

同時期に得た経験は、大学院での知識や筑波大コーチとして受けた刺激だけではない。筑波大と同じ茨城県の土浦日大高男子バレー部で、インターハイ、春高(高校選手権)出場を果たすべく、チームを強化するためのコーチを務めてほしい、と依頼を受けた。

中学校では未経験者が知識や技術を覚え、成長へと促してきた。大学では卒業後にそれぞれ異なる進路に向かう中、目先の勝利だけではなく広い将来も視野に入れた指導が求められた。その点、私立の高校で求められたのはシンプルだ。全国大会に出場する、勝つチームになること。長い目で見れば、もっとゆっくり育てた方がいいという選手に対しても、勝つためにはセオリーに基づいた指導方法で、時には厳しく接しながら勝利を求める。スポーツを通して学校の知名度を高めるという目的がある以上、いい面ばかりではないと分かっていても、勝利至上主義が求められる世界だ。

「将来を見据えながら、3年間という短い時間で選手の力を伸ばしてあげる。選手一人ひとりのことを考えるとそれが一番ではないかと思う反面、高校でバレーボールのキャリアを終える選手たちもいっぱいいます。そういう選手たちにとっては、(3位入賞して)メダルをとれば、将来家族をもって子どもをもった時に、そのメダルが『お父さんは頑張ったんだよ』という証になるかもしれない。チームスポーツというのは、どこにターゲットを合わせるのかが非常に難しいと思います」

もちろんそれは高校だけに限らず、大学も同様だ。学生スポーツを最後のキャリアとして、大学でバレーに区切りをつける選手もいれば、Vリーグや海外など、さらに先へと羽ばたく選手もいる。それぞれが掲げる目標に向け、指導者は何ができるか。高校から大学へ指導の場が変わり、数々のタイトルを制した今も、松井監督にとっては大きな課題でもあるのだと言う。

「勝つ、成功するために積極的な行動をする。それはひとつの軸ではあり、全国大会に出ること、勝つことは大きな目標ではあります。でも結果だけを追い求めすぎると大事なことを見失うこともある。理想としては、監督は個々に応じた指導ができて、なおかつ目標でもある全国大会にいき、その選手を伸ばす。非常に難しいんですけどそういう指導ができたらと思っています。そのために大人が力んでもいけないし、放任もいけない。大切なのは“自由度”を高くする。今、学生には“個の尊重”と伝えています。学生時代の僕のような三流選手もいれば、いつも記事に取り上げてもらえるような選手もいて、時には初心者も入ってくる。それが試合で同じコートに立つのは難しくとも、一つひとつ、アプローチの仕方がある。それを見極めていくのが、指導者に求められる大事なことだと思いますね」

体育館は魔法の箱

中学校や高校などとは異なり、大学は社会に出るまでの最後の教育機関でもある。だからこそ松井監督は「大人として扱う」ことに重きを置き、個を尊重し、自由の中にも責任を負わせる。それはバレーのコート内に限ったことではなく、日常生活にも波及する。試合が続く期間でなく学業にも支障が出ない程度であれば、早稲田大のバレー部員はアルバイトも許可されている。

「大学生の運動部に属する学生は、非常に狭い集団で活動しがちです。でも私は彼らにたくさんの大人と接してほしい。アルバイト先でマニュアルがあり、挨拶の仕方や商品を売ること、ありがとうという思いを表現することや最低限のマナー。アルバイトを通して、たくさんのことを教えてもらえる。そういう場でたくさんのことを学んでほしいし、いろんな人と接して教育されてほしいと思っています」

中学校や高校の強豪校と呼ばれる学校に在籍すれば、土日は練習試合が当たり前で、朝から晩まで体育館にいるということも珍しくはない。精度の高いコンビを完成させるためには時間が必要だから、と考えればそれも当たり前になるのかもしれない。しかし裏を返せば、バレーは突き詰めることができてもそれ以外は何も分からず、社会に出た時、自分の無知を知り困るのは自分自身でもある。

学ぶ場は体育館だけではない。学生は外の世界にも触れて、様々な環境・人から学んでほしいと願っている(提供・月刊バレーボール)

だからというわけではないが、早稲田大は基本的に休日も2部練習は禁止。強化期間になれば多少練習時間が長くなることもあるが、ベースは半日練習で、空いた時間はバレーだけでなく、本を読んだりアルバイトをしたりと、たくさんのことを吸収してほしい。松井監督はそう言う。

「体育館というのは魔法の箱みたいなところで、誰もいない体育館はまったく魅力がないですよね。でも人が集まって、3時間なら3時間、それぞれが目的を持って集中して練習する。そうすればたくさんのものが吸収できて、笑顔になれる場所なんです。体育館にいる生活だけになってしまえば、自然と『練習が嫌だから行きたくないな』と思うかもしれませんが、他の世界に触れ、バレーボールの楽しさもより分かれば、その限られた時間が楽しみになる。いくら好きだからといってバレーボールだけじゃダメだし、世の中を知らないと、いくらバレーボールが分かっても他のことがゼロだったら、掛け算として発展はしないですよね。いかに外へ目を向け、多くの人と関わることができるか。幅の広い、深さのある人間に育てるためにも、大学という最後の教育機関こそ“開放”すべきだと僕は思います」

監督として生きる

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