大学サッカー

連載:4years.のつづき

やりたいことにたどり着く道は一つじゃない、もっと視野を広く持って 酒井潤4

シリコンバレーの同僚と。ITを学び、英語を学びここまできた(写真はすべて本人提供)

今回の連載「4years.のつづき」は、同志社大学時代にサッカー大学日本代表としてプレーし、今はシリコンバレーでエンジニアとして働く酒井潤さん(41)です。サッカーを極めた酒井さんがどのようにキャリアを積んでいったのかを、4回に分けて紹介します。4回目は渡米した先でピンチに陥ったこと、そして今の働き方についてです。

会社倒産、不法滞在の危機

アメリカの日系企業に職を得て、2006年10月に渡米した酒井さん。エンジニアとして働き始めて2年半足らずのことだった。はじめはまだまだ英語もおぼつかなかったが、周りにいるのは英語をしゃべる人たちばかり。徐々に英語力に磨きをかけつつ働いていたが、思いがけないことが起こる。2008年9月、アメリカの投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻したことから連鎖した世界規模の金融危機、いわゆるリーマン・ショックだ。世界中が不況に陥り、酒井さんの勤めていた会社は倒産してしまった。

当時就労ビザで働いていた酒井さん。解雇されるとビザが切れ、不法滞在となってしまう。アメリカで働けなくなる危機。給料が支払われていないとわかると移民局から「解雇」とみなされてしまうため、会社の社長と話し合い、自分の持っているお金を会社に入れ、支払ってもらうという形を取ることにした。それでも「給与」という形なので税金は引かれ、生活するのにお金もかかる。「1年ぐらいそれをやったけど、まったく仕事がなくて帰国していく人ばかりでした」と振り返る。

外国人がアメリカで働くのは容易ではない。だが酒井さんは考えに考えて乗り切った

酒井さん自身は、リーマン・ショック前からこっそりと転職活動をすすめていた。「なのでちょうどレジュメもあったし、面接の練習もできてたので、人より早く動き出せました」。結果的に倒産から1カ月で新しい会社を見つけられた。

給与水準アメリカ第4位の企業へ

就労ビザで働くことの不安定さを痛感した酒井さんは、2社目の勤務中に永住権を取得。就労ビザでは就業できる職種が細かく規定され、酒井さんの場合は「サーバー管理者、ネットワークエンジニア」だったが、永住権取得とともに職種を変更。より需要の高いプログラマーへの転身を図った。そしてさらに「稼げる」ようになるために、IPO(株式上場)する会社への転職を狙うことにした。

「シリコンバレーにいると、IPOしそうな会社は噂になるんです。いくつかピックアップして、その会社で必要なプログラミング言語を学んで、いろいろ転職活動をすすめました」

同僚とのランチ。渡米して10年、英語も上達した

結果的に縁があったのが、今も勤めるSplunkだ。アメリカで4番目に給与水準が高く、GoogleやFacebookよりも上だ。2012年に働き始めてもう8年目になる。Splunkは酒井さんが入社して1週間でIPO。新人の酒井さんもストックオプションをもらい、数千万の利益を手にできた。勤続5年の社員だと5億円ほどになったともいう。

いま酒井さんはエンジニアとして働くかたわら、オンライン講座「Udemy」でプログラミングと投資を教え、Youtuberとしてサッカーを教え、コンサルもし、株式投資もする。時々講演をお願いされたら話す。「本業はなんなんだって言われることも多いですね」と笑う。複業を積極的にするようになったのは、解雇されたころだという。「生き残れる手段が1つだけなのはリスク」と感じ、徐々にこのスタイルになってきた。大好きなサッカーもYoutubeで発信し続けていたら、それが収入にもつながり始めてきた。このコロナ禍で先行きが見えなくて不安定だからこそ、酒井さんのようなスタイルが注目されつつある。

視野を広く持って、自分で考えて決断して

いま、大学生にメッセージを送るとしたら?

「自分で考えてほしい、ということですね。私の場合は親の目を考えてプロではなく大学を選びましたが、多少の後悔が残りました。最終的に決めるのは自分です。やりたいことはやったほうがいい」。では、やりたいことがない人は? 「とにかく稼げ! ということですね。お金を稼いでからなら自由に、たとえお金にならないことでも自由にできますから。人生には我慢する時期もあると思います。その後に好きなことをできるようになれば」。それは酒井さん自身が戦略的に「稼ぐ」ことを重視し、今のスタイルを確立してきたから言えることでもある。

日本代表のときのウェアを着た酒井さん。稼ぐ力をつけたことで、好きなことにも関われるようになった

「よくアスリートのセカンドキャリア、みたいなことでも相談されるんですが、サッカーをやってきたからサッカーコーチになる、だけではもったいないと思うんです。スポーツを極められるということは、人よりも意思が強いということ。だから他の分野でもやれば、絶対に他の人を追い越していけます。集中力と意思さえあれば他の分野でもうまくいく。視野を広く持って、自分の中のリミットを外してもらえたらいいなと思います」。今は選択肢がある時代。「自分にはこれだけだ」と思いこんでほしくない、と酒井さんは言う。

「面白いことは世界にいっぱいあるから、視野を広く持ってほしいですね」。酒井さん自身も、これからも挑戦と進化をやめない。

『複業の思考法』酒井潤・著

【不確実な時代に差をつける! キャリアとスキルを掛け合わせて「稼ぐ方法」】「年収を上げたい」「今の会社で長く働きたくない」「人生100年時代と言われてもピンとこない」という悩みや不安を抱えている人は多い。それは、自分で限界値を決めつけているから。視野を広げ、思考を変える。それだけで、生涯収入が劇変し、40歳以降は悠々自適の生活を送ることができる。日本企業でエンジニアとしてのスキルを身につけ、海外で起業、現在は米国スプランクで働く著者が、キャリアとスキルを掛け合わる独自の複業法を明らかにする。また、Udemyの人気講師としての経験から、スキルを活かした副業テクニックも紹介。会社に頼らず生きていくための「アフターコロナの処世術」。
発行:PHP研究所

4years.のつづき

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