大学バレー

連載:監督として生きる

名門復活へ、現役時代よりも今が一番楽しい 大商大・酒井大祐監督4完

酒井さん(中央)はサントリーサンバーズの選手からコーチになって3年目のときに、大商大監督への打診を受けた(写真提供・サントリーサンバーズ)

4月1日、サントリーサンバーズの酒井大祐コーチ(38)が大阪商業大学男子バレーボール部監督に就任しました。Vリーグでの指導を継続した上で大学でも指導するという、日本のバレー界では初のケースとなります。連載「監督として生きる」ではそんな酒井さんの東海大時代を含め、4回の連載で紹介します。最終回は大商大の監督就任を決意した思いと、今後の挑戦についてです。

代表候補落選でプロを決意、勝つために自分にも厳しく 大商大・酒井大祐監督3

新たな指導者の道を切り開くためにも

想像もしなかった誘いに、一番驚いたのは酒井さん自身だった。2008年の北京オリンピック、12年のロンドンオリンピックで男子バレーボール日本代表監督を務めた植田辰哉氏から「大商大の監督を引き受けてくれないか」と打診を受けても、すぐに「分かりました」とは言えなかった。そもそもOBではない。植田氏とは年に1、2度、当時の代表選手たちと食事に行くなど交流はあったが、まさか自分が大商大で指揮を執(と)るなど考えたこともなかった。そして自分には、サントリーサンバーズのコーチという責務もある。

植田氏は13年に母校・大商大の特任教授となり、並行して早稲田大学大学院(スポーツ科学研究科)で学び、育成年代の指導について研究、修士論文を執筆した。現在は大商大公共学部の教授、バレー部の総監督を務めている。そんな植田氏はブラジル人指導者や多くの日本の指導現場に協力を得る中で、日本でも大学生を含めた育成年代への指導が重要であると考えていた。そのためにまずは大商大復活、そして育成年代全体の強化を視野に含み、酒井さんに監督としてチームに携わってほしいと願い出た。その熱意が酒井さんにも伝わり、魅力を感じた。

「代表監督のころはとにかく厳しくて、練習中は私語厳禁。『歯を見せるな』と言われてきたイメージしかなかったのですが(笑)、これからの若い世代にどうアプローチするか、と熱心に考えていて、その過程の中で『海外の代表監督のように、日本でもクラブと大学を率いる指導者がいてもいいんじゃないか』と。僕もサントリーでブラジル人の(レオナルド・カルバリョ)コーチと一緒にやってきて、彼からも多くを学び、若い選手たちを上手にさせる術も近くで見てきたので、面白そうだな、と。自分自身の今後だけでなく、同じようにVリーグでコーチを務める指導者や、指導者になりたいと思う若い子たちも、こういう選択ができる、という道が開ければと思って(監督就任を)決めました」

Vリーグに所属していても、夏休みなど長期休暇の時期には関東や関西の大学がチームの合宿に訪れる。その度に選手や指導者と接し、「自分たちが学生のころよりも、戦術や戦略に長(た)けた指導者が多く、そのスタイルが根付いたチームも多い」と酒井さんは言う。だがその一方で、大学の職員や講師、教授として在籍しなければバレー部の「監督」としてだけでは成り立たない。平日は別の仕事に就きながら夜だけ練習に顔を出すなど、指導者という一つの仕事としてはまだ厳しい現状もある。それも自らが新しい形で挑戦することで、次世代にもより多くの可能性を広げられれば、と酒井さんは考えている。

「本気で強化すると考えれば、指導者もプロとしてやらなければならないし、結果がダメなら当然、切られるリスクもある。でもここで結果を出すことができれば、他のチームも『うちもVリーグのコーチに監督として率いてほしい』と思う大学も出てくるかもしれません。そうなれば他のコーチや、これからコーチになりたいと思う人たちも、企業に属してコーチをするだけでなく、コーチとしてもっと選択肢が広がり、経験も積めるかもしれない。そのきっかけを自分がチャレンジすることでつくれるなら、それはうれしいですよね」

意識転換から始め、5年で名門復活へ

大商大は植田氏、そして銅メダルを獲得した12年のロンドンオリンピック、16年のリオデジャネイロオリンピックで女子バレー日本代表を率いた眞鍋政義氏(現・ヴィクトリーナ姫路取締役球団オーナー)など、多くの名選手を輩出し、過去には全日本インカレでも優勝している。しかし現在は関西2部。自身の現役時代は関東1部の東海大で、全日本インカレも制した酒井さんから見れば、「自分がやってきたことをベースとして考えるならば普通じゃない」と笑うように、教えることはスキルよりもまず、挨拶、掃除。着手しなければならないことは数えきれないのが現状だ。それでも酒井さんはこう言う。

「理解度は人によって違いますが、ここはこうした方がいいと言えば、体現できる選手もいます。そういう人間が一人でも増えれば、チームとしての厚みも増す。どう変えていくか、と楽しみしかありません」

大商大チームの現状、Vリーグのコーチとの兼務、コロナ禍のいま……。課題は山積みだが、それでも酒井さんは「楽しみしかない」と言いきる(写真提供・サントリーサンバーズ)

酒井さん自身もサントリーに属する社員ではないが、今もコーチとしてサントリーサンバーズに在籍し、Vリーグのシーズンになれば試合に帯同する。そのため、シーズンが重なる全日本インカレなど、すべての試合や練習で指揮を執ることができるわけではない。それでも新型コロナウイルスの余波に伴い、今では大学の授業やミーティングなどをオンラインで実施する流れがあり、オンラインという新たな指導方法も可能だろう。監督に就任した4月1日以降も休校が続き、バレーの練習すらできない状況ではあるが、挑戦はまだ始まったばかり。

「まずは5年。少しずつ力をつけて1部に上がる。そこから今度は関東の強豪に勝てるようなチームをつくりたいですね。これからどうするか、どんなチームにしようか、といろんなことを考えて挑戦できる。現役時代よりもが今が一番楽しいです」

未来を描き、Vリーグと大学バレー、二足の草鞋(わらじ)で歩み出す。刻まれるのは果たしてどんな一歩だろうか。酒井さんの新たな挑戦で、大商大はどう変わるのか。5年後とは言わずとも、楽しみは広がるばかりだ。

in Additionあわせて読みたい

Seriesこの連載をもっと読む

この連載の記事一覧へ

監督として生きる