バスケ

連載:リーダーたちの4years.

ボストンでメディアの原理を学び、アリーナで圧倒的な差を痛感 琉球・木村達郎社長2

ボストンで過ごした3年間は、様々な面で木村社長のベースとなっている(写真提供・琉球ゴールデンキングス)

Bリーグの島田慎二チェアマンが「スーパーマン」と表現するのが、琉球ゴールデンキングスの木村達郎社長(48)です。中学生の時にバスケットボールと出会い、筑波大学を経てエマーソン大学で修士課程を修了。企業でスポーツ映像制作に携わった後、仲間とともに琉球ゴールデンキングスを立ち上げました。連載「リーダーたちの4years.」ではそんな木村社長の大学時代も含めて紹介します。4回連載の2回目は、ボストンのエマーソン大に留学した日々についてです。

マスコミ研究科でファッション雑誌の読み比べも

木村社長は1996年に筑波大を卒業後、エマーソン大に進み、スポーツビジネスだけでなくマスコミュニケーションやメディア論など、メディアを総合的に学べるマスコミ研究科を専攻した。今でもよく覚えているのがメディアの分析だ。女性向けのファッション雑誌を何冊も購入し、どういうステレオタイプを訴求しているのかを比べる。メディアの原理を知ることで様々な新しい発見があり、当時の学びはその後の人生、そして今にも生かされている。

「例えばキングスを立ち上げた際、まだ知名度も人気もないチームをどうやってメディアに取り上げてもらうか。僕自身も留学後にメディア側にいたこともありましたし、アメリカとはロジックが違うところはあるけど、報道のアプローチとかは今につながっているなと感じています」

加えて、1990年代の日本ではまだインターネットが広く一般に普及していなかったが、アメリカは少し進んでいた。「それこそ日本の大学では、情報システムの先生が管理をしているという程度でした。それがアメリカでは新聞社の情報をインターネットを通じて触れられるようになっていたので、ものすごく衝撃を受けたもんです。もちろん当時はSNSもスマホもないですけど、デジタルメディアの創成期に立ち会え、その後の流れを肌で感じられたことは良かったなと思っています」

バスケの話が挨拶になる国

学びは大学だけでない。木村社長はバスケに限らず、できる限りスポーツを現地で見るようにしていた。特にNBAのボストン・セルティックスのアリーナには何度も足を運んだ。チケット代を節約するために、日本の雑誌に売り込んで寄稿をすることもあったという。当初はまず、日本との競技レベルの違いに驚愕(きょうがく)したが、回を重ねるごとに違う感情が芽生えた。

セルティックスのアリーナに触れ、木村社長の頭の中に理想のアリーナの設計図がかたどられていった(中央が木村社長、写真提供・琉球ゴールデンキングス)

「日本で衛星放送を通じてNBAを見ていた時、アリーナの観客席もちらっと映って『すごいな、いっぱい入っているな』と思いながら分かった気になっていたんですけど、実物は全然違います。実際にアリーナに入ってみたら、想像よりもずっと大きかったです。2万人ちかく収容できましたから。でもその大きさ以上に、スポーツを取り巻く環境、人々の熱量とか空気感、においも含めて、これほどに違うのかと思い知らされました」

翌日、学校に行けば挨拶(あいさつ)代わりに「昨日試合に行ったの? 勝って良かったね」という言葉が行き交う。自分がこれだけ好きで打ち込んできたバスケが、地域の多くの人々から愛され、国民的なスポーツになっていってくれたら、これほどうれしいことはないだろう。「日本のバスケットを取り巻く環境を変えたい」。その思いを胸に渡米した木村社長は、帰国を前にして改めて思いを強くした。

「ゼロから生み出したい」

実はアメリカ最大のスポーツ専門チャンネル「ESPN」に憧れた時もあり、インターンシップの希望で履歴書を送ったこともあった。「ESPNに就職したら、僕自身はひとりの人間として楽しい日々を過ごせたと思う」と言いながら、最終的にはその道を選ばなかった。「ESPNはあまりにすごくて、僕自身がそこに入っても全体は何も変わらないんですよ。自分の仕事を通じてスポーツ界に貢献できるかを考えると、単なる一従業員にしかすぎない。だったら日本に帰って貢献したいなと思いました」。すでに出来上がっているものの中に入るのではなく、ゼロから生み出したい。そのための選択だった。

アリーナも含め、木村社長はゼロから生み出すことに意義を強く感じていた(写真は沖縄アリーナ、写真提供・琉球ゴールデンキングス)

アメリカで過ごした3年間を振り返り、「僕も今までこんなふうに考えていなかったんですけど」と話してくれたことがある。

「やっぱり環境なんですよ。アメリカという環境に行って、自分の既存の世界とギャップがあったんだろうなと思いました。大学で学んだというよりも、行くことをきっかけにして、自分を全く違う環境に置くことで考えさせられました。考えないと、ではなく、直感的にうわって考えたことが、その後の自分の人生の選択につながっているのかなと思っています」



リーダーたちの4years.

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