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連載: プロが語る4years.

ENEOS・林咲希4 不安な時は亡き父の言葉を胸に、3ポイント以外でも存在感を

林はENEOSに入団し、Wリーグの“女王”と呼ばれるわけを肌で感じた (c)W LEAGUE

今回の連載「プロが語る4years.」は、バスケットボール女子日本代表としても活躍する林咲希(26)です。大学時代は白鷗大学でプレーし、2017年に卒業してからはWリーグのENEOSサンフラワーズに所属しています。4回連載の最終回は白鷗大卒業後に進んだENEOSでの日々、これからの夢についてです。

ENEOS・林咲希3 白鷗大ラストイヤー、関東6位から「団結力」でインカレ初優勝

卒業後はWリーグへ、“女王”のすごさを肌で感じた

「より強いチームでプレーした方が成長できると思ってENEOSに決めました」

大学ラストイヤーで初めての日本一を経験した林が次のステージに選んだのは、ENEOSサンフラワーズ(当時JX-ENEOSサンフラワーズ)。これまでWリーグ優勝22回、全日本選手権では25回の優勝を誇る国内トップチームだ。その圧倒的な強さから“女王”とも評されるチームの一員となり、林は2021-22シーズンで5シーズン目を迎える。けれども、「今でも全然慣れていない」と首を横に振り、入団当初からその「徹底ぶり」に驚かされたという。

「まず、ディフェンスがすごいんですよ。私も3、4年経ってやっとできるようになったので、あのディフェンスはすぐできるものじゃないなって思います。あとはシュートの精度の高さも感じましたね。大学の時はフォーメーションの確認の練習だったら別にシュートは入らなくてもいいという感じだったんですけど、ENEOSはそれを落とすことすらもちょっと微妙な雰囲気になる……(苦笑)。その緊張感はいつまで経っても抜けない。そういう選手たちと一緒に練習できるのはとてもいいことなんですけど、当時は毎日うなされながらやってましたね。『明日も練習かぁ~』って」

気心が知れたチームメートではあるが、練習ではピリッとした空気が流れるという(右が林、写真提供・ENEOSサンフラワーズ)

父の死を乗り越え、ユニバで50年ぶりの銀メダル

ENEOSに入団してほどなくの8月、林は自身2度目となるユニバーシアード(台北)に参戦している。これまで大学バスケで凌(しの)ぎを削ってきたライバルたちとともに世界に挑み、同大会での過去最高位に並ぶ銀メダルを獲得した。日本にとって実に50年ぶりとなる快挙だった。「今は皆さんの記憶から消し去られてる気がするんですけど、あの時も快挙でしたね」と林。更には「ユニバってめちゃくちゃ楽しいんですよ!」と興奮気味に話し、「いいメンバーがそろっていて負ける気がしなかったですし、大学生らしい女子っぽい話とかでも盛り上がりました」と笑みを浮かべた。

「本当に楽しかった」。東京オリンピックで更なる偉業を成し遂げた後でも、そう胸を張れる大会だった。しかしこの大会期間中、林は父を病で亡くしている。林はユニバ代表でもエースとして主軸を担い、チームは勝ち続けていた。父のために日本へ戻るべきか、このまま台北に残るのか。林が出した答えは、後者だった。

「楽しかったので、途中で帰りたくないという思いもありましたし、父だったら『そのまま残ってやれ』と言ってくると思ったので、帰る気はなかったです。福岡に帰ってから現実を受け止めようと決めました」

迎えたロシアとの準決勝。「試合中は父が近くにいると思いながらプレーしたら、あれだけシュートが入りました」と、林はゲームハイとなる22得点の活躍で日本を決勝へ導いた。不安が邪魔をしてきた時、彼女は今でも父の言葉を思い出して前に進むという。

「そんなことで悩んどったらいかんぞ」

アジアカップへ「キャプテンとしてみんなをまとめたい」

学生時代からのスターたちが集うENEOSにおいて、そう簡単にプレータイムは得られなかった。そのため、林のフル代表初選出は大卒3年目の2019年と遅咲きだ。それでもデビュー戦となったベルギーとの親善試合で、林は3ポイント5本を突き刺し、「ENEOSで試合に出てなくても代表に呼んでくれた」トム・ホーバスヘッドコーチ(HC)の期待に応えた。それ以降は代表でも3ポイントシューターとしての役目を与えられ、アジアカップ4連覇に続き、東京オリンピックで銀メダルを獲得。そして今、林は更なる進化を遂げ、9月27日に開幕したFIBA女子アジアカップに挑んでいる。

東京オリンピックで自身のシュート力が世界に通用することは分かった。今の課題は「3ポイントが打てなかった時の次の動き」と林は言う。「打てなかった時に、ドライブに行ったりパスを出したりすることがオリンピックでできなかったので、今はそこを練習しているところです」

東京オリンピックで見つかった課題にも向き合い、主将としてチームを引っ張る(撮影・恵原弘太郎)

大会5連覇がかかる今回のアジアカップは、ホーバス氏に代わり恩塚亨氏がHCとして指揮をとっている。事前に発表された代表候補16人の平均年齢は23.4歳と若いメンバーが名を連ねた。その中で主将に指名されたのが、林だ。「常にポジティブな気持ちで自分自身とチームメートをいい状態にできる。そこを彼女に期待しています」。恩塚HCのこの言葉に対し、林も「キャプテンとしてみんなをまとめたい」と新たな意識で代表活動に打ち込んでいる。

「最年長(26歳)になったので、やることはプレー面だけじゃないです。今までは3ポイントにこだわってやってきましたけど、それではみんなを引っ張れないですし、自分が今できることを今まで以上に考えてやることが大事だと思っています」

最後に今後の目標を聞くと、林からこう返事が返ってきた。「今までと変わらず、周りにいいエネルギーを与えられる選手になること」。今回の取材も多忙の合間を縫って時間を割いてくれた。「疲れてます(笑)」。そう正直に漏らしたものの、彼女は最初から最後まで気さくに応じてくれた。

林のコートネーム「キキ」は、チームの“危機”を救う選手になるという思いが込められている。これからもその明るい笑顔で周りに希望の花を咲かせ、そのきれいな放物線でチームの危機を救う選手であり続ける。我々も、そう願っている。

プロが語る4years.

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