陸上・駅伝

連載:M高史の陸上まるかじり

日体大OB・佐藤政志さん「継続は力なり」を体現し、世界マスターズ金メダリストに!

日体大OBの佐藤政志さん。2018年の世界マスターズ陸上では4×100mリレーで金メダルを獲得されました(写真提供全て本人)

今回の「M高史の陸上まるかじり」は佐藤政志さん(49)のお話です。高校で陸上(短距離)を始め、日本体育大学に進むも学生時代は目立った成績はありませんでした。社会人になってから27歳の時に人生初の10秒台(10秒86)をマーク。その後、マスターズ陸上に挑戦し、2018年には世界マスターズ陸上で武井壮さん、朝原宣治さん、譜久里武(ふくざと・たけし)さんと4×100mリレーに出場し、金メダルを獲得されました。

高校で陸上を始める

新潟県出身の佐藤政志さん。小学校では野球、中学ではサッカーをしていました。「実は運動好きな方ではなくて、本を読むのが好きなおとなしめな子でした(笑)。ちょうどスポーツ漫画が流行(はや)っている時期で漫画に影響されて、野球やサッカーをやり始めました」。その後、市の陸上大会で100mの代表選手に選ばれました。「それまで苦手意識がありましたが、自信をつけ前向きにスポーツをするきっかけになりました」

高校から陸上部に。「中学でサッカー部だった先輩が陸上部に入っていて、誘われました。個人競技は初めてでしたが、チームスポーツは自分がミスした時のプレッシャーもありますし、個人種目の方が合っているのかなと感じていました」

顧問の先生は陸上専門ではなく器械体操が専門でした。「先生がメニューを立てたのを先輩がアレンジしていましたね。ぼんやりとした部活生活でした(笑)」。100mも11秒6(手動計時)と決して目立つ存在ではありませんでした。

名門・日体大での4年間

高校卒業後、日本体育大学へ。「もっと記録を伸ばしたい、とちょっとずつ欲が出て、目標が芽生えてきました」

当時の日体大陸上部は部員約400人にという大所帯! 短距離部員だけで約200人。タイム順にA、B、Cといったようにグループ分けされていました。「いろんな都道府県からきた仲間と接して、陸上ってこういう風に頑張るんだという気づき、きっかけになりました。ウェートトレーニングも大学で初めて経験しましたし、短距離のためのメニューも新鮮でしたね」と専門的な練習に驚いたそうです。

アメリカ合宿にて。後方の中央、ジャッキー・ジョイナー・カーシー選手を囲んで(前列一番右が佐藤さん)

また、体育系の大学ということで、授業も体育や実技が多かったそうです。「例えば1年生の時は1限・水泳、2限・ラグビー、3限・解剖生理学、4限・サッカーでそのあと部活といった感じで、単純に体力がつきましたね(笑)。体型もギュッと締まって変わっていきました」

部活に加えて体育の授業も多く、心身ともに鍛えられました(左が佐藤さん)

学生時代のベストは手動計時で11秒0。 インカレメンバーには届かず、Bブロックで練習を重ね記録会などに出場していました。

「4年間でいろんな発見がありつつ、自分に対しての甘えがありました。今思うと、走ることや単純に筋力を上げることばっかりやっていたなと。もともとの体の使い方、運動能力を上げていかないと、と感じます。今、仕事で体の使い方や自分の体をコントロールするといったことをやっていますが、当時はそこまでの考えが及ばなかったですね」。当時は不器用な走り方をしていたといいます。

部員約400名という大所帯で過ごした4年間でした(中央で座っているのが佐藤さん)

社会人で人生初の10秒台をマーク

大学卒業後、地元・新潟に戻って高校の非常勤講師に。生徒に教えながら競技も継続していました。

「自分の体で試してみて、正しい理論を学んで、そして教えるといった手順でした。今までよりも陸上を勉強するようになりましたし、どういう風に動けば効率的か、映像もたくさん見るようになりましたし、自分自身のレベルも上げることができました」。教えているうちに佐藤さんの競技力も向上し、27歳で電動計時で人生初の10秒台となる10秒86をマーク。

また、仕事の方ではこども向けに講師をすることが増えてきました。「いろんな年代の子たちと関わるうちに、こどもたちに対して体の使い方を教えること、幼児が運動好きになるところから始めようと思いました。こどもは素直で、わからない時はわからないとハッキリ言うので、どう説明するかすごく勉強になります。『こどもたちは自分の先生』だと思っています」。こどもたちがイメージしやすいように、わかりやすい表現で伝えるように心がけています。

「こどもたちは自分の先生」と話す佐藤さん。説明の仕方など勉強になるといいます(写真は現在のもの)

マスターズ陸上への挑戦

29歳の時、練習中にアキレス腱を痛め、松葉杖生活になるほどの大怪我(けが)。リハビリを重ね復帰したものの、そこから記録も低迷し、約5年もの間は11秒台後半にとどまりモチベーションも上がらない状態だったといいます。

そんな時にマスターズ陸上と出会いました。「マスターズ陸上というと、健康陸上のようなイメージが強かったんです。でも当時は35歳からマスターズ陸上に出場できましたし、記録を見たら頑張っている方がいらっしゃいました。自分のいまの記録で出たら一番になれると思って始めました!」

マスターズ初戦となった北陸マスターズ陸上では、60mで7秒35の大会新記録も樹立。「マスターズって面白い! 全日本に出たい! ともう一度チャレンジしたいというモチベーションになりました」。迎えた全日本マスターズ。さらに上には上がいたのでした。

「調べてみたら、譜久里武さんなどまだ10秒台で走っている人がいたんです(笑)。でも、人との繋(つな)がり、猛者たちとの出会いは大きかったですね!」。同年代が年齢を重ねても挑戦し続けている姿に佐藤さんの気持ちも高まりました。

体操教室でこどもたちに教えているうちに自身の競技パフォーマンスも改善されていきました(写真は現在のもの)

ただ、30歳代後半になり、トレーニングを増やすと、アキレス腱痛などけがも多くなってきたそうです。そんな時に役に立ったのが、こどもたちへの指導でした。「体操教室をやっていて、こどもたちに体の使い方を教えているうちに自分の体をうまくコントロールできるようになり、重心移動など改善されていきました。41歳で100m11秒32と、30代の自分を超えることができました」と自信にもつながっていきました。

世界マスターズ金メダル獲得

2014年にはアジアマスターズの4×100mリレー(M40、40歳〜44歳)のメンバーに選ばれて、金メダルを獲得。「世界記録を狙っていたのですが、届かず。当時の日本新、アジア新ということで半分嬉(うれ)しい、半分悔しいといった感じでしたね」。さらに、2018年の世界マスターズでは4×100mリレー(M45、45歳〜49歳)で再び世界記録を目指すことに。

「今までの人生では考えられなかった、生半可な気持ちではできない」と佐藤さんが本音を口にするほどのメンバーでした。1走・武井壮さん、2走・譜久里武さん、3走・佐藤政志さん、4走・朝原宣治さんというメンバーに、メディアの注目も集まりました。

「高校、大学、一般と上がっていく中で、足元にも及ばない成績の中、なんとかそのポジションにたどり着いたということで、いろんな方に勇気を与えられるのではないかなと思いながら、まっとうしようと強い決意をしました。継続して競技を続けることで同じ土俵に立てるという姿を見て感じてもらえると嬉しいですね」

『継続は力なり』という言葉をまさに体現された佐藤さん。住んでいる場所も違い、メンバー全員それぞれ多忙の中、大阪に集まってバトン練習も行いました。「(バトン練習の)ビデオを何度も見てイメージトレーニングしていました(笑)。現地で集まる時には万全の調子でと思っていましたね」。そして、現地入りしてからバトンの練習を重ねました。

迎えた世界マスターズ本番。予選を通過し、いよいよ決勝の舞台へ! 自らを鼓舞して奮い立たせてから、気持ちは穏やかに。「どんなことがあっても繋ぐぞという気持ちでした。必要以上に余計なことを考えないで、自分を信じていい意味で開き直っていましたね」。当時の高揚感が伝わってきます。

世界記録には届かなったものの、金メダルを獲得!(日本チーム一番右が佐藤さん)

バトンを受け取ってからアンカーの朝原宣治さんに渡すまでの10〜11秒の時間が「ほんの一瞬」に感じられたそうです。結果は43秒77で金メダルを獲得も、目標にしていた世界記録には届かず。「リレーの難しさを改めて感じました。世界記録を狙っていたので素直に喜べない気持ちでした。無事に金メダルを獲れた責務を果たせた喜びと2つが入り乱れて、いろんな感情が交錯していましたね」。取材でお話していてもその時の感情が思い出されるそうです。

「学生時代、インカレメンバーに全く届かなかったような選手が、将来世界マスターズのリレーで金メダルを獲得できるようになる、というのもマスターズ陸上の醍醐(だいご)味、魅力の1つかもしれません」。特に朝原宣治さんは学生時代からすでに雲の上の存在でした。「もうファン目線ですよね(笑)。仲間でしたが憧れの選手でした!」。大学時代にはまさか将来、朝原宣治さんとリレーを組み、マスターズ世界一になるとは思ってもいなかったそうです。

何歳になっても味わえる緊張感

マスターズ陸上の魅力について「何歳になっても緊張感を味わえるのは幸せなことです。100mのスタートラインで『On your mark』を聞くと何歳になっても緊張します(笑)。みんなに平等な条件の中で力を出し切るって真剣勝負するのはワクワクする瞬間でもありますね」。今後はマスターズ陸上で個人でもトップに立ちたいと語る佐藤さん。

「個人では全日本で2番が最高なので1位になりたいですし、世界でもメダルを獲りたいですね!」

個人種目でもトップに立ちたいという佐藤さんの挑戦は続きます

さらに、仕事でも「よりたくさんの人を笑顔にしたい」という目標があります。

「こどもたちや学生さんには運動を通じて生きがいを見つけてほしいですし、ご高齢の方にはいつまでも自己実現できる心と体を作れるようなお手伝いをしたいですね。自分が受けたたくさんの喜び、自分の持っているものを伝えて還元していきたいです」と語る佐藤さん。現在は一般社団法人ネクストヒューマンリソース代表理事として、こどもたちの運動指導からシニア世代の介護予防の体操まで、まさに老若男女の皆さんが元気に笑顔になれる活動をされています。

佐藤さんの指導する選手の中から、全国大会に出場する選手も

「自分は全国大会に届くような選手ではなかったですが、年齢を重ねて自分がやりたいことを追求した結果、世界一になることができました。目標に向かって努力をし続ける、好きなことをとことんやることの素晴らしさ、好きなことをやるためにはどんなスキルが必要なのか、正しい努力はきっと結果につながっていきます。これは多分無理だろうということにとらわれず、いつまでも挑戦してほしいですね!」と熱い想いを発信されています。学生時代は手に届かなった世界に向かって、日々コツコツと現状打破し続ける佐藤政志さんは今日も輝き、挑み続けています!

M高史の陸上まるかじり

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