陸上・駅伝

特集:箱根駅伝×東京五輪

順天堂大×三浦龍司&松枝博輝 「個」を重視する伝統がチーム力をつくりだす

東京五輪3000mSCで日本記録を更新した三浦。世界の猛者と対等に渡り合い、決勝では7位入賞を果たした(撮影・池田良)

今年夏に行われた東京五輪には、箱根駅伝で活躍したランナーが多数出場しました。箱根を経たランナーたちは、その経験をどうつなげていったのか。各校指導者への取材から、選手の成長の軌跡とチームに与えた影響をたどる特集「箱根駅伝×東京五輪」。6回集中掲載の3回目は、順天堂大学から現役の箱根ランナーとして3000m障害(SC)に出場、7位入賞を果たした三浦龍司(2年、洛南)とOBで男子5000mに出場した松枝博輝(28、富士通)について、長門俊介監督にうかがいました。

1年生でいきなり日本歴代2位、2年生で五輪入賞の快挙

三浦龍司の東京五輪3000mSC7位は、陸上界の大ニュースだった。この種目日本人初入賞。ケニアやモロッコなどのアフリカ勢と互角に勝負をする日本人を、これほど早く見ることができるとは予想できなかった。

その三浦が競技生活のターニングポイントに挙げるのが、昨年7月のホクレンDistance Challenge千歳大会だ。京都・洛南高時代に8分39秒37と30年ぶりの高校新を出していた逸材だが、大学初戦で8分19秒37といきなり日本記録(8分18秒93)に迫った。筆者などは大学4年間で目指すべきタイムを出してしまったと感じたが、三浦も長門監督も、「まだまだ記録は出せる」と当時から言い続けていた。

三浦が大学デビュー戦で日本記録に迫ったことで、長門監督の中に確信が生まれた(代表撮影)

そして今年5月に8分17秒46、6月にはレース終盤で転倒したものの8分15秒99と日本記録を更新し、東京五輪予選では8分09秒92と今季世界7位まで伸ばした。

順大も「箱根駅伝×東京五輪」の2回目で紹介した早大と同様、陸上界の伝統校である。1960年代の澤木啓祐と小山隆治、00年代の岩水嘉孝、10年代の塩尻和也と、五輪代表に成長する順大選手が箱根駅伝を走ってきた。順大発足時の看板選手だった澤木は5000mと10000mの代表だったが、その後の3人は3000mSCの代表だった(小山は5000mでも代表)。

長門監督も入学前から三浦に、代表を目指そうとはっきり話している。「東京五輪は当初大学1年での開催でしたから難しい状況でしたが、2年時にリオ五輪代表になった塩尻の例を出し、チャンスがあるかもしれないと話しました。本人は現実的に感じていないようでしたが、入学直前の3月に東京五輪延期が決まり、少しは考えるようになったと思います。塩尻も難しいと言われましたが、狙わないことには始まりません。決定的だったのは大学初戦の千歳を日本歴代2位で走ったこと。三浦は慎重なコメントをする選手ですが、代表をつかみに行く、というニュアンスの言葉が出始めました」

短期間で20秒も記録を伸ばすことができたのは、三浦個人の能力が順大という環境で一気に引き出されたからだろう。小学生時代に在籍した地元・島根県のクラブチームでは1000mなどの長距離種目と並行して、長距離ではないハードル種目(80mハードル)も行い、島根県で2位になったことがある。跳躍や投てきも練習していたという。

洛南高に進学して持久力が飛躍的に伸びたが、洛南高も動きづくりや補強を多く行っている。それは順大の伝統でもある。長距離種目で動きづくりやクロスカントリーを最初に導入したのが、澤木が選手の頃の順大だった。

入学直後に新型コロナ感染が広がり、実家周辺を1人で走ることが多くなった。そこで今まで経験していない長めの距離を走り、練習の流れも自分で考えるようになった。5月中旬に順大に戻ってからは3000mSC用のハードルを使った実戦的な練習など、順大の歴代選手が練り上げてきた3000mSCのためメニューでレース感覚を磨き上げた。

三浦の才能と成長過程での適切なトレーニングが前提であり重要だったが、順大でなければおそらく、大学2年目での五輪入賞は成し遂げられなかった。

箱根駅伝で区間ヒト桁順位がとれなかった松枝の中距離との両立

東京五輪5000mに出場した松枝博輝も、順大出身らしい選手である。

長距離選手としては長身の部類で、筋肉の肉付きも良い。体型だけ見れば中距離選手で、中学では800mで全国大会に出場していた。だが松枝が憧れた選手は、箱根駅伝の初代“山の神”、順大の今井正人(現トヨタ自動車九州)だった。「実家が箱根5区のコースから近く、5区を見て育った、と言っても過言ではありません。赤と白の地にゴールドの文字の襷(たすき)が、本当に格好良く見えました。順大には5区を走るために入学したんです」。大学4年時に主将だった松枝を取材したときのコメントだ。

松枝は5区に憧れて順大に入学した。長い距離を苦手としたが諦めさせることはしなかった(撮影・池田良)

だが自身の適性が、20kmの距離にないことは認識せざるを得なかった。箱根駅伝は1年時から3区(区間16位)、8区(区間11位)と走り、3年時に念願の5区にトライした。だが、結果は区間16位。当時は今より距離が長い23.4kmだったことも、松枝には不利に働いた。4年時は「チームに一番プラスになる区間を」と、3区を走った。

その4年時も区間14位で、松枝の箱根駅伝は一度も区間ヒト桁順位がない。それに対しトラックでは、2年時に関東インカレ1500mで2位、4年時の関東インカレ5000m3位、10000m5位と片鱗を見せていた。

そして富士通入社後に5000mで17年、19年と日本選手権に優勝。20年、21年も連続2位に入り、坂東悠汰(富士通)とともに5000mの東京五輪代表に選ばれた。

松枝は実業団に進み、トラックでの才能が開花。写真は19年の日本選手権5000m優勝時(撮影・藤井みさ)

学生時代に箱根駅伝にこだわらなければ、もっと早くにトラックで世界に近づけたのではないか。長門監督(松枝の学生時代はコーチ)もその頃、代表を目指そうと話したことはなかったという。しかし学生時代が「遠回りだったのでは?」という問いかけには首肯しない。

「松枝が自分に適した距離を探っていた時期と、とらえられると思います。見ていて長い距離は難しいと思いましたが、ある程度は走れていたのは事実です。一番は彼の熱い思いを大事にしたかった。今井のようになりたいと言って順大に来てくれた選手で、長い距離がキツいとわかっていても、5区は自分が走ると言っていました。4年生でキャプテンをしたときも、多くの改革をしてくれました。彼にとって箱根駅伝(の20kmという距離)は行かないといけない道でした。自分の道を切り拓(ひら)く力がある選手ですから、そこを生かすべきだと思いました」

富士通入社後に、米国のプロチームに飛び込んで練習した時期もあった。学生時代に身につけたダイナミックなフォームとラストで切り換える能力は、国際大会でも対応できるものだった。米国に行って成功したとは必ずしもいえないが、異なる環境を経験することで日本の強化スタイルの良さも再認識し、松枝の中で両者を融合することができた。

順大長距離最初の五輪選手だった澤木も、1500mで日本記録を出すなど中距離にも取り組んだ。20kmの距離の箱根駅伝はなかなか結果を出せなかったが、4年時に2区で区間賞を取り期待に応えた。中距離と箱根駅伝を両立させようとした松枝のチャレンジは、まさに順大らしいものだった。その取り組みが卒業後に五輪選手への道を切り拓いた。

インカレと個を尊重する順大の伝統

早大も「箱根駅伝×東京五輪」の2回目で紹介したように、エースには特別の育成プログラムを組むし、練習メニューもチーム全体とは異なるものを行う。順大はもともと、チーム全員が個々で練習を行うのが普通だった。長門監督以前は朝練習もポイント練習も、練習の大半を1人で走っていた。

現在の指揮官である長門監督は「ケースバイケース」だと言う。「理由を説明し納得してもらった上で、個で行うとき、集団で行うときがあります。順大の学生は理解力があるので、集団でやることの有効性、個でやることの有効性を、どちらもわかってくれますね。三浦がオリンピックのために別スケジュールで行動しても、チームとして何の違和感も持たなかった」

個人レースが続く時期は個別で練習するが、駅伝シーズンは集団で行うことが多くなるのが普通である。順大も「メンバー選考のシーンがあれば、極力同じ流れで練習する」という。選考のレースや練習まで、あの選手は自分の得意とする練習パターンで臨めたのに自分は違った、という不満をなくすためだ。それでも「主要メンバーは違った流れを組むこともある」という。それだけ順大はトレーニングの個別性を重視している。

クロスカントリーを重視しているのも順大の特徴だろう。走る動作の中で筋力を養うことができ、スピードを出せるようになる。スピードの切り換え能力も上がっていく。「検見川に、澤木先生が学生だった頃から使っているクロカンコースがあり、スピードを養う定番メニューがあります。時代とともに変わってきている部分もありますが、行き着くところはベーシックなヒルトレーニングです」

2月のクロカン日本選手権、三浦が僅差で松枝に先着(撮影・朝日新聞社)

松枝はラストの強さが特徴で、前述のように日本選手権で優勝2回、2位2回と勝負強さを発揮してきた。それに対し三浦は高校まで、それほどラストは強くなかった。本人も苦手意識を持っていたが、順大に入って明らかに改善された。2月の日本選手権クロカンでは松枝と三浦がフィニッシュまで壮絶なデッドヒートを展開し、三浦が同タイムで競り勝った。

近年はクロスカントリーと動きづくりが長距離界でも浸透してきたが、その本家が順大である。長距離だから長い距離、長い時間を走り込むのが基本だが、それだけをやっていればいい、という考えでは取り残される。「順大では短距離や跳躍、投てき選手も同じグラウンドで練習しています。それも日本代表を目指すレベルの選手たちで、三浦の母校の洛南高も高校トップクラスの選手が多くの種目にいます。そうした選手たちの動きを見て参考にできることが順大の利点です。澤木先生もおっしゃっていましたが、グラウンドはトレーニングのヒントをもらう宝庫なんです」

順大はインカレの総合優勝を大学として最重視している。箱根駅伝が終われば長距離ブロックもその一員となる。年間を通して箱根駅伝のために距離を重視する、という考え方はしない。必然的に、専門種目に合わせた距離や動きを重視した練習になる。

インカレで上位に入る選手で6区間の出雲駅伝を戦い、同レベルの選手を2人育てて8区間の全日本大学駅伝を戦い、さらに2人を育てて10区間の箱根駅伝を戦う。多くの選手を競わせてふるいにかけるのでなく、個人をしっかり育てて駅伝を戦う。個を尊重することで、駅伝も勝つ。結果として順大は箱根駅伝で11回の優勝を誇るチームになった。

順大は短距離、長距離、跳躍、投擲それぞれのブロックが真剣に取り組んでおり、今年は関東インカレと日本インカレでともに総合優勝をつかんだ(撮影・藤井みさ)

選手個々への対応と三浦の爆発力で戦う箱根駅伝

三浦の前回の箱根駅伝は1区で区間10位と、自他ともに納得できない結果に終わった。コロナ禍の影響で12月4日に日本選手権の長距離種目が行われ、東京五輪代表を本気で狙いに行っていた三浦もそこに集中していた。だが、その過程で故障をしてしまい日本選手権を欠場。箱根駅伝も万全の状態で臨めなかった。

短期間に2つの大きな目標を設定する。そこにリスクが生じるのはやむを得ないが、トラックと駅伝、その両方に本気で取り組むことで選手育成に成功してきたのが順大である。そのスタイルを崩す考えはなかった。

今季も東京五輪まで3回の日本新を出したことで負荷が大きいシーズンを送ったが、故障はしなかった。出雲駅伝は左脚ふくらはぎに違和感が出て大事をとったが、トラックの周回で負荷に左右差が生じることで起きた、と原因も把握できている。

来たる箱根駅伝は、三浦の東京五輪に触発されたチームメートが、どれだけ自身を変えられるかが勝負を左右する。主将の牧瀬圭斗(4年、白石)は「東京五輪は合宿中に見ていました。『すごい』とみんな言っていましたが、『(箱根駅伝も)三浦だけに持っていかれたらいやだ』という声も出ていました。特に3年生は負けず嫌いの選手が多く、走りに影響が出ています」と言う。「三浦に頼り過ぎるのではなく、三浦を生かせる駅伝をできるようになったと思います。強い2、3年生でタイムを稼ぎ、4年生が支えて駅伝をまとめるバランスのいいチームになった。目標は総合優勝です」

もちろん現役学生で唯一東京五輪に出場した三浦自身が、どんな走りをするかもレースに影響する。長門監督は「駒大と青学大には選手層の厚さでは勝てない」と認め、差がつきやすい山登りの5区と山下りの6区、そして三浦が爆発的な走りができるかどうかがポイントだという。

前回の箱根駅伝で三浦は1区区間10位と、満足行く結果ではなかった。今回はどんな走りを見せてくれるか(撮影・北川直樹)

「三浦はまだ箱根駅伝の距離に自信を持つことができていません。それをガラッと変える駅伝になってくれれば、と思っています。が、その反面、1歩ずつ成長していく駅伝をしてほしい気持ちもあります。これができたから次はこうしようと、自身の成長を少しずつ楽しむ種目にしてほしい気持ちも半分あります」

複雑な心境を明かしたが、理想的なのは1年時のホクレンDistance Challenge千歳大会3000mSCのような結果を駅伝の走りでも出していくことだ。千歳大会は8分19秒37と自己記録を一気に20秒も更新し、記録更新に苦労するのではないか、と見る関係者も多かった。しかし三浦はわずか1年で、10秒もタイムを縮め東京五輪7位に入賞した。「皆さんから見て(千歳大会のように)一気に5歩くらい進んだように見える走りでも、三浦にとっては3歩くらいで、成長の余地が2歩くらい残っている。箱根でもそんな走りができたら理想的です」

三浦自身、「(おそらく1区の)区間記録までは考えていない」とコメントしているので、前半から飛ばすことはないだろう。だが、イケると思ったところで一気のスパートをする。最後の1kmで15秒くらいの差をつけることは、今の三浦なら難しくない。残り2km、3kmでスパートする余力があれば、30秒以上の大差をつけられる。そんな爆発的な走りも、東京五輪の三浦を見れば十分期待できる。

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