陸上・駅伝

連載:M高史の陸上まるかじり

駒澤大で主務を務めた越智康文さん 審判、指導で地元・愛媛に恩返し!

駒大で主務を務めた越智康文さん。現在は地元・愛媛で審判、母校・今治北高校でコーチもしています

今回の「M高史の陸上まるかじり」は、越智康文さん(34)のお話です。駒澤大学では1年生で箱根駅伝のエントリーメンバー入り。その後は故障に苦しみマネージャーに転向し、4年生では主務を務めました。現在は地元・愛媛で陸上競技の審判をしているほか、17年ぶりに都大路に出場した母校・今治北高校のコーチをされています。

今治北高校で都大路出場

愛媛県出身の越智さん。長距離を走るのが得意で中学から陸上をはじめました。中学時代のベストは3000m9分23秒。四国大会にも出場しました。

高校は今治北高校へ。五輪や世界陸上でも活躍された土佐礼子さん(松山商業高校〜三井住友海上)も指導された竹本英利先生のもと、2年生の時チームは全国高校駅伝に出場。越智さんは3区を走りました。

「大学で同級生となる深津(卓也)くん(現・旭化成陸上部コーチ、当時東農大二高)と同じ区間を走ったのですが、1分半くらい負けたのを覚えています(笑)」。2年生ながら深津さんは区間4位の好走。越智さんはチームの順位を5つ上げるも区間34位の結果でした。

順調に成長を続けた高校3年間だったそうです(14-1が越智さん、写真提供本人)

個人でも3年生の時に5000mでインターハイに出場しましたが「個人での全国はかなり緊張して、思ったような走りはできなかったですね。それでもしっかりやれた3年間でした」と順調に成長を続けた高校3年間となりました。

駒大同期は13分台トリオ!

高校卒業後は駒澤大学へ。同級生は宇賀地強さん(現・コニカミノルタ陸上競技部コーチ)、高林祐介さん(トヨタ自動車OB)、深津卓也さんと高校時代から5000m13分台をマークし、全国大会でも活躍していた力のある同級生、さらに入学時は5000m14分54秒ながらも後に日本選手権(2013年)で優勝するまでに成長を遂げた星創太さん(富士通OB)も同級生でした。

駒澤大学は箱根駅伝4連覇(78回〜81回大会)を達成し、5連覇がかかった82回大会は総合5位に。その春に越智さんたちは入学してきました。ちなみに私、M高史は4年生で主務を務めている年でした。スーパールーキーたちが入学してくるということでワクワクしていたのと、走りやすいようにちゃんとサポートしなければという思いでいましたね。

越智さん自身は「大八木監督の陸上にかける熱さ、チームの雰囲気、練習のキツさなどが印象的でしたね」と入学当初をふりかえります。高校時代のベストは5000m14分42秒と目立つタイムではありませんでしたが、ロードや長い距離への対応力を見せ、1年目から選抜合宿にも名を連ねました。

1年生の時の越智さん。私、M高史は4年生で主務をしている時でした

「スピードに関して差を感じていましたが、距離走にはそれなりには自信がありましたね」。トラックのタイム以上にロードや長い距離での安定感を発揮していました。

そして1年目から箱根のエントリーメンバー入り。「1年目からいい経験をさせてもらいました。ただ、メンバーに入った以上は求められるものがありました」。結局、走る出番はなくサポートにまわり「来年こそは走りたい」と気持ちも強まりました。

長い距離の安定感もあり1年目から箱根駅伝のエントリーメンバー入り(38番が越智さん)

マネージャー転向、主務に

「2年生の5月に膝を故障し、それ以降は故障に苦しんだ競技生活でしたね。(前述の)星くんも急成長していきましたし、周りの選手たちの活躍も焦りになりました」。その後も焦りと故障に悩まされる日々が続きました。

3年生の夏には大八木監督からマネージャー打診が。「結果も出ていなかったですし、当時マネージャーも少なかったので、声がかかるのも仕方ないと思いました」。ただ、「11月の上尾ハーフでもしダメだったらマネージャーをします」と約束したそうです。 

迎えた11月の上尾シティハーフマラソンは「陸上人生で一番キツいレースでした。スタートして400mくらいでもうキツかったですね。いま思えばプレッシャーで内臓にきていたかなと思います。正直ウォーミングアップの時からキツかったです」。結果を残すことはできず、大八木監督との約束通りマネージャーに転向しました。3年生の11月下旬のことでした。

箱根が終わって、1月からは主務となった越智さん。通常はサブマネージャーや副務を経験してから主務になるケースが多いですが、約1カ月ちょっとという短期間で主務を務めることになりました。

「右も左もわからない状態で、今までやってきた先輩方を見て、見よう見まねでやっていましたね。1年生の時に選抜合宿でいろんな合宿に行ったのは役に立ちました。実際に選手として走って練習もコースも体験していたので、そこはアドバンテージでした」

この年は箱根予選会からのスタートとなりました。73回大会以来13年ぶりの箱根予選会ということで、まだ大井埠頭で予選会が行われていた頃の資料しか残っていませんでした。

この年、出雲駅伝では宇賀地さん、高林さんは出場したものの、主力は温存して10位。迎えた箱根予選会では当時の大会記録を大幅に更新する圧巻のトップ通過(当時は20kmでの開催)。

続く全日本大学駅伝では7位にとどまり、まさかのシード圏外(当時は6位までがシード)となりました。残されたのは当時、箱根で総合3位以内に入ると全日本大学駅伝に出場できるというルールです。

後輩たちのためにも箱根はなんとしても総合3位以内に! と迎えた箱根駅伝。越智さん自身、1年生ではエントリーメンバーに入りながらも走れず、選手としては届かなった箱根路に主務として戻ってきました。

恩師・大八木監督と運営管理車に乗り込みました。運営管理車からの箱根駅伝の印象について「間近で見ているような感じ、特等席でしたね」と思い返します。

1区からハイペースとなり、区間18位と出遅れた駒澤大学でしたが、4年連続2区となった宇賀地さんや5区・深津さんの追い上げで往路は8位に。復路6区は千葉健太さんが1年生ながら区間賞を獲得。9区の高林さんも区間賞を獲得し、総合2位まで追い上げ復路優勝を飾りました。

「これで無事に出雲、全日本も出場できるので、後輩たちにつなぐことができました」と越智さん。

大学4年の時、新入生歓迎会にて。個性溢れる同級生と過ごした4years.でした

大学4年間を振り返ると「1年生の時はメンバーに入って、次は出ることを目標にしていたところ、2年生の時はなかなかうまくいかくてもどかしい思いをして、3年年でもう一回頑張らないといけないと試行錯誤していたところ挫折して……4年生の時は主務としていろんなことを経験させていただきました」。山あり谷ありの4年間だったといいます。

審判、指導で地元・愛媛に恩返し

大学卒業後、しばらくは陸上から離れて居酒屋チェーン店で働くことに。転機となったのは3年前のことでした。仕事でも転職し税理士事務所で勤め始めた頃、陸上の方でもご縁があって愛媛県新人大会を観戦しに行きました。

「陸上の審判の高齢化が進んでいまして、1人でも若い人が審判をやれば誰かしらついてくると思ったんです。自分が高校生の時に関わってきた方も、まだ現場にいらっしゃいますし、若い自分が審判をやることで、こういう人がいるんだよというのを中学生、高校生にも見せたいなと思ったんです」。そういった思いで審判講習を受け、審判をやるようになりました。

日本陸連公認B級審判として審判業務にあたる越智さん。「審判の上のランクを目指していきたいです。やる気と行動力があれば誰でも取れますし、高校生でもC級審判が取れるので、興味のある人はぜひ取ってほしいですね!」と熱を込めます!

越智さんが主に担当するのは招集係。「選手がコールをする招集所で選手たちの点呼をしています。審判は1つの大会でいろんな部署がある中、力を合わせて無事に終わらせていくことに魅力を感じますね」とやりがいを教えていただきました。

また、4年前から母校・今治北高校のサポートも始め、昨年からはコーチも務めています。そして昨年、今治北高校は17年ぶりに全国高校駅伝出場を果たしました! 越智さんが高校2年生で出場した時以来というのも運命的ですね!

母校・今治北高校は17年ぶりに都大路出場。越智さんが走った時以来の快挙でした(写真本人提供)

「自分が高校2年の時から出られていなかったので、嬉しかったですね! 現在はコーチとしてサポートやアドバイスなどをしています。1人ひとり個性があって面白いチームですね。選手の話を聞いて、選手と自分の意見をすり合わせて、お互い納得していくように心がけています」

大学卒業後いったん陸上から離れて、再び陸上に携わることで「あ、やっぱり陸上が好きなんだと思いました! 今では長距離だけでなく、いろんな種目を見るようになりましたし、今まで気がつかなった魅力を感じるようになりました。今後、1人でも社会人で審判をしてくれる人が増えたら嬉しいですし、愛媛の陸上が強くなることが最大の目標ですね!」

駒大で箱根エントリーメンバーも主務も経験した越智康文さん。地元・愛媛の陸上を審判として指導者として盛り上げるべく、日々現状打破し続けます!

M高史の陸上まるかじり

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