「すみません…」1年マネージャーが円陣で流した涙 東京都立大学ラグビー部物語17
「ようやく、東京にも冬が訪れたようです。朝晩を中心に、ぐっと冷え込みます。もう、つい最近までの異常気象のような暖かさが戻ることはありません」……
そんな天気予報の流れる週末が、ようやく訪れた。12月7日。東京の西の外れ、八王子の緑豊かな一角。東京都立大学南大沢キャンパスの空は、青く高く、澄んだ空気がピリッと肌を刺していた。
ラグビー部、2024年の最後の練習を迎えた。
関東大学リーグ戦3部で7位に沈んでから3週間。4部との入れ替え戦を強いられることになって、3週間、シーズンは延びた。
この3週間、少しでも実りある3週間に変えて、この冬の空のように澄んだ気持ちで入れ替え戦に臨みたい。
最後の最後、ようやく、みんな、この冬の空のような気持ちになれた。
ネガティブにサヨナラ
大敗が連なったリーグ戦。負ければ、どうしたって、人の気持ち、ささくれ立ってしまう。選手はマネージャーのミスが気になる。マネージャーは選手のミスが気になる。互いに互いのネガティブが気になって、それが積もり積もって、部の雰囲気がささくれ立ってしまう。そんな時期も、正直、あった。
でも、泣いても笑っても、残された時間は3週間。その先に待つラストゲームの入れ替え戦、たった1試合。
もう、ネガティブ思考とはサヨナラだ。何があっても、ポジティブに時を実らせたい。そう、吹っ切れた。
決して、誰かと誰かが角突き合わせて話し合ったわけじゃない。4年生を中心に、自然に、そんなポジティブな気持ちになっていった。
チームの公式サイトで、4年生の選手4人、マネージャー3人がバトンをつなぐブログリレーが始まった。決して、誰かと誰かが話し合って決めたわけじゃない。自然に、そんな流れになった。
トップバッターはプロップ今井雄太郎(横須賀)、身長178cm、体重96kg。リーグ戦3部では恵まれた体格だ。最後の1年、走り込みを重ねて、その体にスタミナを伴わせて、初めてレギュラー格としてシーズンを過ごした。母への感謝をブログにつづった。
「運動らしき運動をしてこなかったのに高校からラグビーを始めて、様々なけがを経て、この場にいられるのは、母の献身的な支えがあったから。本当にありがとう」
「大船」になる
続いて、マネージャー川添彩加(徳島北)。1年生だった3年前、先輩マネージャーが選手にかけた言葉が記憶に残っている。「ベンチには、私たちマネージャーがいる。何があっても、支えるつもり。だから、大船に乗ったつもりで、思いきって、戦ってほしい」
どんなささいな選手の負傷や変調にも、真っ先に気づく人だった。先輩のように「大船」でありたかったから、厳しいことも口にしてきた。
「紛れもなく同期の存在が大切だった。それぞれの立場で支え合い、時にはぶつかりながらも、同じ目標に向かって歩んできた時間、変わらないものだと思います。人数が少ない中、たくさん頑張ってくれてありがとう。最後まで一緒に頑張りましょう」
丁野真菜(厚木)は、アイデアの人だった。チームが勝つために「マネージャーにできること」を増やしたくて、いつも、何かを探していた。
フィジカル強化につなげるための、選手のウェートトレーニングや食事の管理。公式サイトの充実。どれも、丁野が中心になって進めてきた。だからこそ、勝てなかったシーズンが歯がゆかった。
「結果を通してOB、OG、保護者のみなさまに恩返しできず、悔しさが残ります。最後の入れ替え戦では、日々、支えてくださるみなさまに『応援してよかった』と思っていただける試合にしたいと思います。これまでやってきたことを信じて、グラウンドでプレーする15人だけでなく、メンバー外の選手、コーチ、マネージャーも含めて全員で最後の80分間を闘い抜きます」
16年の終止符
ナンバー8新山昂生(國學院久我山)は小学生の頃にラグビーを始めた。チーム随一の突破役。この2年間、負傷で思うようにプレーできない時期が続いた。プレーできなくても、大きな声を絶やさないムードメーカーを演じてきた。そして、入れ替え戦に照準を絞ってきた。
「この試合は16年近く取り組んだラグビーの終止符となるものです。思い返すと、これまでラグビーには人生の様々な場面で助けられてきた。できることは、すべて、やろうと思います」
副キャプテンのウィング伴場大晟(磐城)は、ラストイヤーで最も伸びた4年生だった。チームがどんなにトライを失っても、大量失点を喫しても、あきらめないビッグタックルで仲間を鼓舞し続けてきた。
タックルを繰り出すたび、後輩たちの信頼は厚くなっていった。その後輩たちへの感謝を忘れなかった。
「自主練を欠かさず、真摯(しんし)にラグビーと向き合って、日々、上達する後輩たちの姿がとても頼もしかった。最後にバックスラインを組むのが、そんなアツい君たちでよかった」
負けん気と、責任感と
マネージャーを束ねる「マネ長」の岡田彩瑛(立川)。勝つという目標のため、バックグランドの異なる12人もの後輩マネを一つの方向へと導くのは楽じゃなかった。一人ひとりの個性を見極めながら、接してきた。疑問があれば吸い上げて、選手とのやりとりの矢面にも立ってきた。
持ち前の負けん気と責任感で、乗り越えてきた人だった。
「最高の仲間に出会い、組織をマネジメントすることの難しさや楽しさを学びました。学年が上がるにつれて、自分にとって部活の価値や楽しさは増していきました。様々な経験を通し、人間として成長できたのではないかと思っています」
「4年の最後の役目」
最後はキャプテン中原亮太(湘南)。4年生の重圧に、リーダーの重圧に、押し潰されそうになりながら、耐えてきた。そのすべてをプラスに転化させて解き放つ舞台、入れ替え戦だ。
「理想と現実の差に苦しみ、ただ、そんな中でも頼りになる先輩や可愛い後輩たちに支えられ、本当に恵まれた4年間だったなと思います。こんなチームでキャプテンを務めることができて幸せでした。入れ替え戦。後輩たちが、きつい時、しんどい時に立ち返ることができるような、そんな熱い試合にしたい。それこそが、4年生としての最後の役目」
つながったパスと心
2024年の、最後の練習。一つ一つ、準備してきたプレーの丁寧な確認が続く。
合間、合間に、円陣を組む。「4年生のために戦う」「勝って笑顔で4年生を送り出したい」。下級生たちの決意表明が続く。
ポジティブな空気、よどみなく流れ続ける。
最後のメニュー、マネージャーも一緒になってのランパスだった。選手も、マネージャーも、学年も、関係ない。みんなで一緒になって、一つのボールをつなぐ。
その景色、都立大ラグビー部のカルチャーが凝縮されていた。笑顔と歓声とともにパスはつながっていった。
そして。
この日、何度目かの、最後の円陣。ふと、1年生マネージャーの林瞳俐(あいりい、立命館慶祥)が涙をこぼし始めた。
空を見上げて、あふれる涙を、懸命に押しとどめようとした。
「明日は、チームが勝つために、お世話になりっぱなしだった4年生のために、私も全力で……。グスン。すみません、4年生でもないのに……」
その涙、2年生、3年生のマネージャーに伝染していった。
悩みながら、苦しみながら、それでも最後、チームファーストを考え抜いた4年生の思い。
下級生へと、つながった。
選手も、マネージャーも、学年も、関係ない。
みんなが、チームが追い込まれた崖っぷちを、自分ごと化した、ベクトルを自分に向けた、瞬間だった。
さあ、入れ替え戦。
次回は12月20日配信予定。入れ替え戦の結果をリポートする最終回です。