陸上

連載:M高史の駅伝まるかじり

原点は「道環寮」で過ごした日々

原点は「道環寮」で過ごした日々
M高史です。昨年2月に引っ越した新「道環寮」の前で。新しい寮にはボディケアルームもありましたよ!

今回は寮生活のお話です。駒澤大学陸上競技部「道環寮」は昨年、新しく生まれ変わりました。なので、僕が在籍していたころの旧・道環寮について紹介させていただきます。

驚いた「練習日誌」

例年、駒大陸上部の部員は約40人。当時の寮では26人が生活してました。寮に入れなかった部員はすぐ近くのアパートに住み、食事やお風呂は寮で、という生活でした。ちなみに新しい寮では全員が暮らしてます。

部屋は2人用で、基本的に先輩と後輩という組み合わせでした。時々、同級生ということもありました。部屋の仕様はいまも同じです。主務と副務の2人部屋は「マネージャー部屋」と呼ばれ、僕は2年生からの3年間を「マネージャー部屋」で過ごしました。

マネージャー部屋には先輩から受け継いだ品々がありました。驚いたのは過去の練習を記した「練習日誌」です。箱根駅伝で優勝した先輩、区間賞を獲得した先輩、ユニバーシアードやインカレで活躍した先輩の詳細なラップタイムや通過タイムが、練習日誌に蓄積されているのです。僕は中学時代からの陸上マニアでもあったので、過去の先輩たちの練習データを見ては一人で興奮してました(笑)。日付、タイム、ラップ、気温、湿度、誰がどの地点で離れたか、一度離れたけど再度頑張って追いついたなんてことまで、丁寧に記録されてます。

練習日誌を眺めていると、いろいろな発見がありました。例えば、春先は調子が上がらなかったものの、夏合宿にBチームでじっくり走り込み、秋には調子を上げ、駅伝には毎年バッチリ合わせてくる選手。逆に、夏合宿は毎年強いのに秋になると調子が上向かない選手。選手のタイプもさまざまです。

さらに、マネージャー部屋には電話、コピー機、パソコンがあり、仕事部屋としての役割も果たしてました。事務所兼部屋ですね(笑)。

ちなみに当時の寮にはトレーニングルームや治療部屋はなかったので、マネージャー部屋で市販のお灸をすえる選手もいました。お灸の匂いが部屋中に充満しましたけど、すぐに慣れました(笑)。またマネージャー部屋は超音波治療を受けながら話しかけてくる選手とのコミュニケーションの場でもありました。

大家族のような毎日

寮の食事は大八木弘明監督の奥さまである京子さんが作ってくださってました。これはいまもそうです。学生たちも卒業生もみんな「奥さん」と呼びます。大八木監督が就任して24年になりますが、奥さんも24年間、寮で約40人分の食事を作ってくださいます。女子マネージャーが交代で手伝います。

奥さんは学校に通って栄養士の資格も取得されました。長距離選手に必要な栄養素を計算されたり、ポイント練習の前後や試合前には特別メニューをアレンジしてくださったり、愛情たっぷりの食事を作ってくださってます。

風邪をひいた部員にはおかゆを作ってくださったり、アレルギーのある部員の食事は少し内容を変えたり。本当にきめ細かく学生たちのコンディションを考えて作ってくださってます。誕生日の部員がいたらケーキを準備してくださいます。

大八木監督が厳しいことをおっしゃったあとに、奥さんがさりげなくフォローしてくださることもありました。選手・マネージャーはメンタル面も支えていただいてました。ちなみに、僕が学生だったときは大八木監督の娘さんもまだ小学生だったので、毎日のように寮にいました。娘さんの宿題を見るのもマネージャーや選手たちの日課でした(笑)。

大八木監督、奥さん、娘さん、学生たちが集まって、にぎやかで心温まる家族のような寮生活でした!

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