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連載:監督として生きる

心と技術の山を越えて 東海大バスケ・陸川章HC(下)

1月のインカレ優勝報告会で記念写真におさまる東海大の選手たち

東海大男子バスケ部の陸川章ヘッドコーチ(57、HC)の指導は、どこまでもポジティブだ。「そのプレーは何だ!! 」「お前は使えないな」なんて否定的な言葉が飛ぶことも、声を荒らげることもない。陸川HCの青春時代はいまとは異なり、指導者や上級生による体罰や罵倒が横行していた。しかし、陸川少年は幸運にもそういった仕打ちを受けたことがなく、現在も「大嫌いだし、絶対に許さない」と断言する。

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大学時代、理不尽な上下関係に真っ向から反発

育ての親と慕う祖母の厳しいしつけもあり、陸川青年には間違っていると思ったら相手が誰だろうと譲らない頑固さがあった。日体大時代に経験した理不尽な上下関係には、真っ向から反発した。小学生を殴る指導者を見たときは、その指導者に跳び蹴りしたくなる衝動をこらえ、「頼むから殴らないでください」と土下座した。敬愛する指導者のデイブ・ヤナイ氏からは「プレーヤーは機械じゃない、人間だ」という言葉を贈られた。以後、この言葉は陸川HCのコーチングにおける大きな柱となった。

「東海大に来たばかりのころに反復練習をしていると、『いつまでやるんだよ』と闘志むき出しの表情で私を見る選手がいました。でも、『その顔は何だ? 』とは言わず、『いいね!!   その目でバスケットやろうよ』と言いました。そんなふうにしてると、そのうち私でなく学生同士が、お互いを律し合うようになっていきました。私が何かを言おうとするのを察して、ある選手が『お前ら、集まれ』と場を締めてくれるんです。おかげで私は、バスケのことだけ考えてればよかったんです」

ちなみにこのリーダーシップにあふれた選手が、創部初の1部昇格を果たした代の主将、入野貴幸だ。現在は東海大学付属諏訪高校で男子バスケットボール部を指導し、若手指導者のホープとして注目を集めている。

NBA選手を出し、天皇杯を制する野望

日本の男子バスケ界はいま、大きな変革期を迎えている。渡邉雄太(NBAメンフィス・グリズリーズ)や八村塁(ゴンザガ大)のように、アメリカの大学から世界へ羽ばたく選手が増え、大学を経由せずBリーグに入る選手も増えていくことだろう。しかし、そんなご時世にあっても、陸川HCが大学の指導者として目指すものは、基本的に変わらない。

「東海大学が目指すのは『心の山』と『技術の山』、二つの山を越えることです。心の山は努力すること、負けないこと、仲間を思いやるといった人間力。技術の山は、バスケ選手としての技術力や戦術、判断力。この二つの山を越えた先でBリーグや代表、海外へとチャレンジできる大学でありたいですし、ホップ・ステップ・ジャンプの最後の踏み台となれればと思ってます」

その中で野望がある。一つは東海大卒のNBAプレーヤーを出すこと。そしてもう一つは天皇杯で優勝することだ。東海大は竹内譲次(アルバルク東京)や石崎巧(琉球ゴールデンキングス)らが4年生だった2006年、天皇杯で3位に食い込んでいるが、当時は外国人選手が出場できないレギュレーションだった。現在は外国人選手が2人まで同時にプレーでき、帰化選手も加えれば3人の海外出身者がコートに立てる。大学生がBリーグの各クラブを倒して天皇杯を奪うというイメージを描くのは、非常に難しい。

ただ、陸川HCはあくまで本気だ。

「外国人選手が参加できるレギュレーションになり、素晴らしい帰化選手もたくさん出てきた。そんないまだからこそ、我々学生が本気でやるのが面白いじゃないですか。4年間という限られた期間の中でBリーガーと勝負するためには、どうやって意識を変え、トレーニングして、人間力を高めらなければならないか。どうやったら選手たちがもっと高いレベルにいけるかを、いつも考えているんです」

「ダメだと思ったらダメだわや」と言った父

昨年12月のインカレで、東海大は5年ぶり5度目の優勝を飾った。点差だけを見れば余裕のある勝ち上がりだったうえに、この大会は西田優大(2年、福岡大学附属大濠)、八村阿蓮(1年、明成)、大倉颯太(1年、北陸学院)といった下級生が活躍した。ここからインカレ4連覇、そして天皇杯優勝という高みを目指せるかもしれない――。そう本気で思わせる力が、東海大バスケ部と陸川HCにはある。

司令塔の大倉颯太は1年生らしからぬ堂々としたプレーで会場を沸かせた

「私は何事に対しても『無理だ』と思うことがあまりないんです。父親がいつも『ダメだと思ったらダメだわや』と言ってたせいか、あきらめられないんですよね。たとえマイケル・ジョーダンと1対1をしたとしても、『絶対に負けないぞ』という気持ちでいられると思います」

無類のポジティブ人間の旗振りで、学生たちは本気で偉業達成を目指すだろう。ビッグチャレンジに向かうシーガルスの今後を、ぜひ多くの人に見届けてもらいたい。

スーパーポジティブな指導で、陸川HCの挑戦はまだまだ続く
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