アメフト

ドイツ在住の夢追い人・中山イチローの「人生なんとかなってきた」#5 アメリカへ

社会人アメフト時代の中山さん(右、写真は本人提供)

社会人2年目に再開したアメフトで、1997年の秋、僕は大一番を迎えます。リーグ初戦で松下電工インパルスに大敗した我らが大阪ブラックイーグルスは、新たに迎えたコーチのもと、2戦目のサンスターファイニーズ戦にかけました。準備段階で手応えを感じて、結果が楽しみで仕方がない状態で挑みました。

強豪のサンスターに勝利!

そして下馬評では圧倒的に不利な大阪ブラックイーグルスが3-0と先制します
こんなとき、「絶対に勝てる」と自信を持ってプレーした方がいいのか、そう思ってプレーすると慢心になってしまうのか? 無心でプレイするのが一番いい気がするけど、試合経過が気になって無心になれない。強豪相手に試合中に「勝てるかもしれん」という気持ちになったことがないので、気持ちをどのように持っていけば、夢がかなうのか分からず、終始混乱してました。

最終的には、こういったギリギリの試合に慣れている関西学院大学OBの選手に言われるがまま、気持ちをコントロールしました。1学年下の選手でしたが、とても頼りになりました。さすが関学です。

試合は14-14の同点で迎えた終了14秒前に勝ち越し、大阪ブラックイーグルスが大勝利! このあともう1勝し、最終的に社会人Xリーグ1部西地区の6チーム中4位でシーズンを終えました。

シーズン終了後、大阪ブラックイーグルスは井内盛栄堂(現・アズワン)とのスポンサード契約にこぎ着けました。その後のシーズンでも、優勝チームの松下電工に唯一の黒星をつけたりして、番狂わせを得意とするチームになりました。

人生でも強者相手に戦えるのでは?

前評判を覆す楽しみ、弱者が強者を苦しめる楽しみ、戦力や環境で劣っていても適切な準備と強い信念があれば互角、もしくは互角以上に戦えることを知ってしまった私は、アメフトに限らず、人生においても同じように、強者相手に戦えるのではないかと思うようになりました。

近大4回生のときには人目ばかりを気にして、自信の持てない男に落ちぶれてしまいましたが、大阪ブラックイーグルスでプレーしたおかげで、常識は覆せるということを体現し、何に対しても「なんとかなる」と思うようになりました。

社会人になってまもなく3年というころ、会社を辞める決断をしました。給料もよく、人も良く、休みもあって、まったく不満のない会社だったのですが、居心地がよすぎる安定した生活から抜け出したくなったのです。ブラックイーグルスで「何事もなんとかなる」 ということを知ってしまい、自分の可能性に賭けてみたくなったのです。

会社を辞める3日前に起きた“大事件”

とりあえず、知り合いのいない海外で何ができるのか、自分一人の力で何ができるのかを知るために、アメリカのロサンゼルスに行くことに決めました。ところが、会社を辞める3日前に実家で事件が起こったのです。

母親は大阪府豊中市内の実家の一角でお好み焼きをメインにした飲食店を営んでいましたが、その実家が火事で全焼……。「お好み焼かんと家焼いてもうたなぁ」と消防士さんに言われてしまう始末。大阪人のキツい冗談は時と場合を選びません。

内心ではロスに行くのをあきらめながら、火事の後始末や引越しの手伝いなどをしていたとき、母親が言いました。「あんた、いつになったらアメリカ行くんや? あんたなんか家におっても何の助けにもならんから、はよ行っといでや」。この言葉に後押しされ、予定通りアメリカに行くことになりました。

次回はアメリカでの出来事について書きます。

●ドイツ在住の夢追い人・中山イチローの「人生なんとかなってきた」

#4 社会人2年目#5 アメリカへ#6 ロス到着 #7帰国へ

この記事をシェア

in Additionあわせて読みたい

Their Stories大学別・競技別に読む