ドイツ在住の夢追い人・中山イチローの「人生なんとかなってきた」#6 ロス到着
大阪府豊中市の実家が火事に見舞われましたが、母親の後押しもあり、ひとりロサンゼルスに旅立ちました。ロスにはドイツ人の友人がいたので、数日間は彼の部屋に泊めてもらい、その間にボロボロの車を10万円ほどで購入し、住まいはスーパーマーケットの掲示板に貼り出してあった、一軒家の一部屋を借りることに成功しました。「やっぱり、なんとかなる!」と順調なスタートを切りました。
就労ビザも持たずに職探し
次は職探し。日本食レストランの皿洗いなら「まかない」も出るし、雇ってくれるだろうと思い、ロスにある日本食レストランを調べ、直接店に出向いて「雇って下さい!」と、かたっぱしからお願いして回りました。
必ず聞かれるのは「就労ビザは持ってるの?」ということでした。日本を発つ前にビザについて調べたのですが、就労ビザの取得が難しそうなので「とりあえず現地に行けば何とかなるだろう!」と、楽観的に観光ビザ(就労禁止、3カ月間滞在できる)でロス入りしていたのです。
就労ビザを持っていない人を雇うと経営者が罰せられるので、誰も僕のことを相手にしてくれません。ある店のオーナーさんには「このご時世、就労ビザを持ってない人を雇う店なんて、どこにもないよ! いますぐ荷物をまとめて日本に帰りなさい!」と、キツく叱られました。このときばかりは「なんとかならんこともあるんやな……」と落ち込みました。
貯金はどんどん減っていき、不安がどんどん大きくなりました。一通りすべての店に断られたのですが、じっとしていても何も状況が変わらないので、もう一回、同じお願いをして回ることにしました。
何度お願いしても状況は変わらず、冷たく断られ続けていたある日、連絡先を伝えていた店のオーナーさんから「○×さんのところが料理人を探しているらしいわよ。行ってみたら?」と、家に電話が入りました。「なんとかなるかもしれない!」と思い、あわててその店を訪ねたらビックリ、前に「いますぐ日本に帰りなさい!」とキツく叱られたお店だったのです。
人生初のエビの天ぷらづくり
オーナーさんも「君か……」と僕のことを覚えている様子でしたが、料理人のおばさんが今晩から働けなくなるらしく、店には緊迫感が漂っていました。オーナーさんは「仕方ないな」といった感じで僕に「天ぷらを揚げられるか?」と聞いてきました。とっさに僕は「できます!」と言ってしまいました。本当は一度も揚げたことなんかありません。「このチャンスを逃せば日本に帰らないといけない」。そう思い、必死だったんでしょう。
「じゃあ、揚げてみろ」と言われ、「やばい! どうしよ!」と思った一瞬の顔つきを料理人のおばさんは見逃さなかったのでしょう、「エビの天ぷらは人によって揚げ方が違うから、私たちの店の揚げ方を教えるわね」と、ゆっくりと実演してくれたのです。その揚げ方を鬼の集中力で頭に焼き付けて、見よう見まねで人生初、エビの天ぷらを揚げてみました。すると、おばさんが「私のエビよりまっすぐに揚がってるわ!」と興奮するほど立派な天ぷらができあがり、オーナーさんから「誰にも観光ビザしか持っていないって言うんじゃないよ」「時給はメキシコ人の最低賃金と同額ね」「日曜日のお昼だけが休み」と伝えられ、その夜から働くことが決まりました。おばさんの優しさ、いや、後釜をてっとり早く一人前にしたかっただけかも……。とにかく、おばさんのおかげでなんとかなりました。
次回はロスで迫られた決断について書きます。