大学バレー

連載: プロが語る4years.

初めて選手人生の計画を立て、Vリーグから世界へ プロバレーボーラー柳田将洋4完

バレー選手だった両親の影響でバレーを始め、高校1年生の時から注目を集めてきた柳田だが、明確にバレー選手を見すえて歩んできた人生ではなかったという(撮影はすべて佐伯航平)

輝かしい舞台で躍動するプロアスリートの中には、大学での4years.で花開いた人たちがいます。そんな経験を持つ現役プロや、元プロの方々が大学時代を中心に振り返る連載「プロが語る4years.」。第5弾は男子バレーボール日本代表の主将で、ドイツ1部リーグのユナイテッド・バレーズでプレーしている柳田将洋(27)です。4回の連載の最終回は、慶應義塾大卒業後、Vリーガーを経てプロになったバレー人生についてです。

日本代表選手と慶應の主将としての葛藤の先に プロバレーボーラー柳田将洋3

順調そのものに見えたが、本人は「これでいいのか?」

学生時代までの華やかなキャリアと現在の日本代表主将の姿。綿密な人生設計をしてきたのだろうと思いきや、柳田は「実は大ざっぱ」と自己分析する。

「バレー選手としてちゃんと計画を立てるようになったのは、最近になってからなんです。それこそプロになってから。いや、プロになると決めたところまで含めるならその前だけど、それでもめちゃくちゃ最近ですね」

慶應を卒業すると、Vリーグのサントリーへ。一つひとつを紐(ひも)解けば、高校を選ぶときや慶應への進学など、決してまっすぐな道ではなかったとはいえ、Vリーグのトップチームに所属して日本代表でも活躍しているのだから、その後の人生はとんとん拍子に進んでいる。2015年のワールドカップでは、ほぼ全試合にレギュラーとして出場。5勝6敗で6位という成績はともかく、石川祐希(現・パッラヴォーロ・パドヴァ)とともに若きWエースとして多くのファンを魅了した。その直後に開幕したVリーグの試合にも柳田目当てのファンが押し寄せ、安全を考慮して選手通路と客席の間に臨時の鉄柵がつくられたほどだ。

人気も爆発し、Vリーグという戦う場所もある。周りから見れば順調そのものに見えたが、柳田はふと、立ち止まって考えた。「本当にこのままでいいのか?」。サントリーという国内有数の大企業に所属し、バレー選手として十分すぎるほどの環境が与えられている。それでも日本代表として戦う世界各国の相手に目を向ければ、同世代やもっと若い選手が母国を飛び出し、プロとして海外のリーグで戦うのは当たり前だ。16年のリオデジャネイロオリンピック出場を逃したのも、柳田の背中を押した。

「高校時代、とくにキラキラ輝いていた」と言われて大笑い

「それまでもずっと、自分の中に『バレー選手としてどうなりたいか』という理想はありました。でも実際は、バレーをすることだけ考えてればよかった。そもそも毎年ほぼ同じメンバーで、同じ場所で練習して、同じように試合をする。その流れの中で計画って必要なのかな、と思ってたんです。でも東京オリンピックが決まって『自分もひとりのバレー選手として東京オリンピックのコートに立とうとしなければいけない』と考えました。そのとき初めて『この先を計画したい』と思ったし、『そのためにはプロにならなきゃ』と思うようになりました」

遠回りするからいいこともある

あえて安定を捨ててプロとなり、海外で戦いたい。一つひとつ踏むべきステップを改めて考えてみると、驚くほど時間が限られている現実に焦った。

「まず試合に出られなければ評価は得られないし、そこで活躍できなければ、どこからも声がかからず終わってしまう。『何もできないまま1年を棒に振りました』なんて言ったらプロとして終わりだし、失敗なんてできない。『そうなったら、それこそ東京オリンピックへの道は終わりだ』とか、暗いことも一瞬想像しました。でもそんなことを考えてても意味はないし、自分がどうなりたいかと考えたら、その暗い想像は目指す未来じゃない。じゃあ自分がやるだけだと思いますよね」

17年にプロ選手となり、最初のシーズンはドイツ1部リーグのバイソンズ・ビュールへ。単純に海外だから何もかもすごいというわけはない。若い選手が多い環境で、ときにあきれるような意識レベルの低さを感じることもあった。まずはそこで結果を残し、ステップアップを遂げる。掲げた目標をクリアし、2年目は「海外でプレーする」と目標設定したときから目指していたポーランド1部リーグのクプルム・ルビンへ移籍。リーグの中盤からレギュラーをつかみ、さらなる活躍が期待された終盤に左足首のけがで帰国。それでもプロ3年目の今シーズンはヨーロッパチャンピオンズリーグにも参戦するドイツの強豪、ユナイテッド・バレーズへの移籍が決まった。

「全部が予定通りかと言えばそうじゃない。実際、けがは計算外でした。計画するときはもちろん最短距離で考えるけど、その通りにはいかなくて、でもだからこそプラスなこともあるし、回り道をしたからこそ、そこに転がってるヒントやチャンスもある。それを拾い上げていけば、それはそれでベストなんじゃないかな、と。最短距離でいけれたら一番いいけど、遠回りするからいいこともある。バレーもそれ以外も、僕はいままでの経験からそう思います」

キャプテンの責任を胸に、世界に勝つ

プロとして3年目を迎えるだけでなく、日本代表の主将として2年を迎える今シーズンは、東京オリンピックに向けて結果が問われる大きな意味を持つシーズンだ。

主将としての責任を誰よりも重く感じている

柳田と石川に加え、現在はポーランド1部リーグのザヴィエルチェでプレーするリベロの古賀太一郎ら、海外を拠点とする選手も増えた。日本代表は進化を遂げてはいるものの、昨年イタリアで開催された世界選手権は1次リーグで敗退。今シーズンは歩むプロセスが間違っていないと証明し、自信を得るためにも、それなりの結果を出さなければならない。

「20年に大きな大会を控えている中でのワールドカップ。この体制でやってきて、世界選手権も悔しい思いをしてきたので、何としても形を残して世界に勝つ。いい結果を出して20年を迎えたいです。番号の下に(キャプテンとして)1本線が入ってる責任をしっかり感じながら、自分なりにチームをまとめて、しっかり結果を残したいです」

初めて世界への道が拓(ひら)かれた高校時代。そしてさまざまな個性が集まる場所で「チーム」をつくる楽しみを知り、自らの礎を築いた大学時代。サントリーでVリーグを戦い、プロとして日本を飛び出し、さらなる高みを目指した。

バレーボールワールドカップ男子大会は10月1日、広島で開幕する。柳田の、そして日本代表の真価を問われる戦いが幕を開ける。

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