ソフトボール

連載:いけ!! 理系アスリート

学業最優先を貫き、車椅子ソフトで世界に挑む  慶應理工学部・小貫怜央(下)

左投げの小貫の定位置はレフト。扱い慣れた車椅子で縦横無尽に駆け回る(すべて撮影・上原伸一)

連載「いけ!! 理系アスリート」の第20弾は、慶應義塾大学理工学部3年生で東京レジェンドフェローズという車椅子ソフトボールチームに所属する小貫(おぬき)怜央(慶應)です。2回の連載の後編は、電子工学を学ぶ日々と車椅子ソフトの夢についてです。

車椅子ソフトで、またプレーヤーになれた 慶應理工学部・小貫怜央(上)

パラリンピックの正式種目入りを目指し

10月5と6日、小貫の姿は「東京国際車椅子ソフトボール大会」の会場にあった。この大会にはアメリカ、ガーナ、日本の3カ国の代表チームに加え、北海道・東北選抜など、日本の各ブロックの代表6チームが参加した。小貫は日本代表の4番レフトと、チームの中心選手として活躍。アメリカとの決勝は1点差で惜敗したが、小貫は左打席からレフトへの一発を放った。

小貫は車椅子ソフトの魅力について「誰もが一緒に楽しめるスポーツ」と表現する。そしてもう一つの魅力が「競技性」そのものだ。

小貫は高3の10月に車椅子ソフトのチームに入ると、練習に励み、1年後には日本代表入りを果たした。これまでに2度のアメリカ遠征も経験。今年8月にカンザスシティーで開催されたワールドシリーズでは、国別対抗での初優勝に貢献した。

車椅子ソフトは2028年のロサンゼルス・パラリンピックでの正式種目入りを目指している。そのためには世界的な裾野の拡大が重要になるが、各国の競技レベルの向上も不可欠だ。小貫はこれを踏まえ、週に2回、都内の中学校で仲間たちとともに自主練習に励んでいる。この中学校には車椅子で走れる人工芝のグラウンドがあり、夜は一般にも貸し出している。

車椅子バスケにも挑戦、大学ではプログラミングに取り組む日々

日本代表の前に常に立ちはだかるのがアメリカ代表だ。8月のワールドシリーズでは勝ったが、実はこれが12年に始まった日米の対戦での初の白星だった。

「車椅子の上では当然上半身しか使えないんですが、アメリカの選手のパワーは僕らより明らかに上です。パワーで対抗するのはなかなか難しい。ですから日本が得意とする「スモールベースボール」を磨いていくことが、対アメリカのカギになると思ってます」

眼下のライバルはアメリカ代表。日本は持ち味のスモールベースボールで挑む

小貫が情熱を燃やしているのは、車椅子ソフトだけでない。週に3回、後輩にあたる慶應義塾中等部女子ソフトボール部のコーチをしており、ほかにも中学硬式のボーイズリーグのチームで学習講師。さらには車椅子バスケもプレーするなど、多忙な毎日を送っている。

そんな小貫に父の正人さんは「ハンディを負った後も明るくアクティブに過ごしてくれているのは、親としてとてもうれしい」と話す一方で、「いろいろなことをやるのはいいけど、本業は大丈夫なのかな? 勉強はいつやってるのかな? 少し心配してます」と苦笑い。小貫は慶應義塾大学理工学部電子工学科に籍を置く3年生でもある。だがどうやら、心配無用のようだ。小貫は「学生である以上、どんなときでも最優先すべきは学業で、その上で優先順位をつけながら行動しています」と言う。

もともと数学、物理といった理系科目が得意だった小貫は慶應高から内部進学する際、迷わず理工学部を選んだ。学科を電子工学科にしたのは情報系の勉強をしたかったから。現在は週4日、大学に通っている。授業は全部で7コマあり、うち1コマは実験だ。その実験では、深度センサー内蔵のデプスカメラを用いたプログラミングに取り組むこともある。こうした実験を経て、4年生ではより専門的に学ぶ。卒業後は大学院に進む予定だ。将来についてはまだ模索中だが、「学んだことを仕事に生かしたい」と考えている。

小貫は先の東京国際車椅子ソフトボール大会で、各選手の成績をデータ化した。表彰選手を決める際の資料作りにも一役買った。

アスリートしての自分を見てほしい

車椅子ソフトの選手には、小貫のほかにも文武両道を実践している学生がいる。東京大学文学部哲学科4年の池内陽彦(あきひこ)だ。卒論で哲学者のカントを扱う池内は、先天性の脳性麻痺(まひ)により、鳥取西高時代まではスポーツをしたことがなかった。大学では何かやりたいと、小貫と同じチームで同時期に車椅子ソフトを始めた。そこから自分の世界が開け、パラ柔術の大会にも参加。海外遠征も経験している。

東大文学部4年の池内(左)も、文武両道を実践しているプレーヤーだ

池内は障がいのクラス分けではもっとも重い「Q」(クアード)で、キャッチャーを務めている。車椅子ソフトでは必ず「Q」の選手を入れなければならならず、池内はチーム構成上でも不可欠な選手である。車椅子ソフトについて池内は「僕と同じような障がいを持ってる人と互いを高め合える一方で、グラウンドでは誰もが横一線になれる競技だと思います」と話している。

小貫の話に戻そう。小貫の左足にはひざの上から臑(すね)あたりにかけてメスを入れた痕(あと)が残っている。人工関節の手術だ。だが小貫のはつらつとしたプレーぶりを見ていると、障がい者としてではなく、アスリートして自分を見てほしい、と言っているように感じる。ほかのパラアスリートがそうであるように。

小貫はこれからも学生の本分を最優先させながら、自らのプレーで車椅子ソフトの発展に寄与していくつもりだ。

いけ!! 理系アスリート

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