大学ラグビー

連載:リーダーたちの4years.

個の力を高めていけば強いチームが作れる サッポロビール・髙島英也社長(下)

東北大でラグビーを始めた髙島さんは、いまも大のラグビーファン(提供写真以外、すべて撮影・谷本結利)

新たに、企業のリーダーたちの大学時代を振り返る連載「リーダーたちの4years.」が始まりました。第1回はサッポロビール社長の髙島英也(ひでや)さん(60)。東北大に入学すると同時にラグビーを始め、研究で多忙な日々を過ごしながら、強くなるために努力を続けてきました。2回の連載の後編は、ラグビーの経験がいまに生きていることについてです。

ラグビーも農学部の勉強もやりきった サッポロビール・髙島英也社長(上)

練習試合で早稲田を本気にさせた

髙島さんには、いまも忘れられない試合がある。4年生のときに名古屋であった「全国教育系大学ラグビーフットボール大会」の前に、早稲田とやった練習試合だ。

当時早稲田の3年生には、学生ながらすでに日本代表で活躍していた名SO(スタンドオフ)、本城和彦さんがいた。早稲田が2軍半だったとはいえ、東北大は前半をリードして終えた。するとこの年(1981年)の関東大学対抗戦を制した早稲田が本気になった。後半からはラグビー専門誌で見たことのあるような、高校時代から有名だった選手が次々に出てきた。

結局、東北大は14-37で敗れた。しかし、日本代表の監督経験もあり、当時は早稲田の体育局専任講師だった日比野弘さんからこう言われたという。「国立の東北大がこんなに強いとは思わなかった。いいチームだ」。東北大のラグビー部には髙島さんのように、初心者で入った選手も少なくなかった。そんなチームが、日本代表も率いた日比野さんをうならせた。このことは全国大会を控えていたチームにとって大きな自信になった。

心と体に刻まれたプレーの記憶

髙島さんが大学入学時に持っていた「体を鍛えたい」「たくましくなりたい」という思いを、ラグビーがかなえてくれた。全身全霊で相手にぶつかっていくことで精神面も鍛えられたという。髙島さんは社会人になってからもクラブチームなどでラグビーを続けたが、34歳のときに左肩を脱臼。仕事への影響も考えて、楕(だ)円球に別れを告げた。だが、プレーヤーとしての記憶はいまも心と体に刻まれている。

大学時代、髙島さん(右)はフォワードの中軸として奮闘した(写真は本人提供)

中でも鮮明に覚えているのが、東北学院大戦でのタックルだ。東北学院大は東北地区リーグ1部のライバル校だった。トライを奪われそうな場面で、髙島さんはひたすら走って相手選手に追いつくと、ゴールラインぎりぎりでタックル。このプレーが勝利を呼び込んだ。「あのときの感触は、40年近く経っても体に残ってます」と言うと、胸をトンとたたいた。

髙島さんがそうであったように、ラグビーの未経験者は一から体づくりに取り組むことになり、さらに理系ともなると学業との両立にも悩まされる。ラグビーも学業も全力でやりきった大学時代。髙島さんは東北大での4年間を「いま思えばありがたい準備期間だった」と表現する。社会に出るための準備をまっとうできたからこそ、いまがあるのだろう。

継続することで“物語”が生まれる

改めて大学時代を振り返り、髙島さんは「チーム作りとビール造りは似ている」と言う。

「強いチームを作るにはまず、チーム全員で何が最終目標であるか共有する必要があります。それはもちろん勝つことですが、そのためにはそれぞれが個の力を高めなければいけません。LO(ロック)だった私はラインアウトではジャンパーをしてました。ただ当時はいまのように持ち上げてもらえなかったので、ふくらはぎの筋力を強くしながら、相手に悟られないようにジャンプする術(すべ)を身につけました。高めていった個の力が結集して、強いチーム力が生まれると思います。ビール造りも同じです。製造工程でも営業活動でも誰か一人が手を抜いてしまったら、おいしいビールをお客様にお届けすることはできません」

個の力が結集して強いチームを作り、チームみんなの力でおいしいビールを生み出す

「継続」はサッポロビールのキーワードでもある。どんなことでも継続することで“物語”が生まれ、その“物語”がブランドの大切な構成要素になる。髙島さんはそう考えている。同社のロングセラー商品である「黒ラベル」は、1977年に登場した「サッポロびん生」を前身として、89年から広く愛されてきた。「押し付けなプロモーションをしないことが『黒ラベル』のプロモーションなんです」と社員たちも言うように、長い歴史の中で育まれてきた“物語”を大切に紡いでいる。「嗜好(しこう)品である以上、浮き沈みはありますけど、その中でいかに100年継続するか。それにはまず自分たちが自分たちを信じることが大事で、これこそがサッポロビールの経営理念のベースです」と、髙島さんは語る。

サッポロビールが継続していることの一つとして、箱根駅伝への応援がある。箱根駅伝のテレビ中継が完全中継になった87年の第63回大会当時、いまほどの視聴率は望めず、スポンサーも多くはなかった。そうした中、「ひたむきに走る若い人たちを応援しよう」という純粋な気持ちから、サッポロビールは大会に特別協賛するようになったという。以来、途切れることなく箱根駅伝の筆頭スポンサーを継続し、来年正月の96回大会で34回目を迎える。

モノ造りの基本は「5Sと挨拶」

髙島さんがモノ造りの基本としているのが、「5S(整理、整頓、清掃、清潔、躾=しつけ)と挨拶(あいさつ)」だ。「いらないものは捨てるという習慣が身についていれば、自ずと必要なものを把握できるようになります。それが大事な部品の場合だけでなく、どんなに小さな部品であっても、気がつくことにつながるんです」と話す。また挨拶についても「あらゆるコミュニケーションのスタートであり、きちんとできないチーム、組織は弱い」と言いきる。高島さんは子どものころ、母から挨拶の大切さをたたきこまれたという。社長になったいまも、ごく自然に自分から社員に挨拶している。

社長になったいまも「5Sと挨拶(あいさつ)」を徹底している

様々な役職を歴任した髙島さんが、人生初めてとなるリーダー経験をしたのが大学時代だった。「自分には向いてない」という思いから、主将になるのは固辞したが、4年生になってからはフォワードの中軸になった。グラウンドを離れると、後輩たちのよき相談役。ときに学業との両立に関わる相談に乗り、ともに食べて、ともに体を大きくしてきた。

リーダーとしてチームを思う。そしていまはサッポロビールという大きなチームのリーダーとして、最高のビールを生み出していく。

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