“恥の虜”にならないでほしい 川崎ブレイブサンダース勝久ジェフリー5完
連載「4years.のつづき」から、2019-20シーズン、男子プロバスケットボールのBリーグ「川崎ブレイブサンダース」のアシスタントコーチ(AC)を務めた勝久ジェフリーさん(38)です。5回の連載の最終回は、一人のプロコーチ、一人の人間として選手たちに伝えていることについてです。
「がむしゃらに頑張ってるいまの君はかっこいいよ」
18年10月、勝久さんは37歳のときに、サンロッカーズ渋谷のヘッドコーチ職を解任された。「“You get hired to get fired.”アメリカでもヨーロッパでも、多くのコーチが『クビになるためにコーチになるようなものだ』という言葉を口にします。つらい経験ではありましたが、コーチとして若い内にそれを経験できてよかったとも思えます」。勝久さんは穏やかに総括する。
この経験を経て、勝久さんが学んだことはたくさんある。一番大きかったのは、コーチを志す原点となった「選手やスタッフたちのためになりたい」という思いを再確認できたこと。そして、全力を尽くした上での失敗は、必ず次の挑戦につながるということだ。
勝久さんは、選手たちとのやり取りを振り返りながら、後者の大切さについて話してくれた。
「たまに『かっこいい/かっこ悪い』を気にしすぎる選手って、いるんです。何事もクールにこなそうとして、どうも全力を出せていないような選手。彼らがクールであろうとする理由は、たぶん失敗するのが怖いからなのだと思います。100%で挑んだことに失敗して、いまの自分のままではダメだという事実を突きつけられるのが怖いから、全力を出すのはやめようと。確かに、そうすれば失敗してもそんなにみじめじゃないし傷つかないんですけど、その後の成長を考えるとすごくもったいないことだと思うんです」
前回でも触れたように、勝久さん自身も、自己を否定されることのつらさを渋谷の解雇で経験している(これはあくまで勝久さんのとらえ方。クラブ側からそのような言動があったわけではない)。その痛みを知っているからこそ、勝久さんは「トライすればトライするほど、うまくいかなかったときの傷は大きいかもしれない」と前置くが、自分自身を投げうった挑戦と、それに失敗して得た痛みから得られるものは大きいと続ける。
「全力でトライした結果からは、『何が足りない? これから何をやればいい?』ということがよく見える。いまの自分にできることは全部やったわけですからね。一方で、中途半端にしか努力しなかった場合は『あれをやってたら、こうなってたかもしない』というあいまいな答えしか出ないし、『じゃあそれをやればよかったじゃん』というところに戻って、次のフェイズに進むことはできない。努力の先に何があるかは、誰にも分かりません。ただ、周りの目を気にするあまり、全力を出すことをかっこ悪いと思わないでほしいし、“恥の虜(とりこ)”にならないでほしい。伸び悩んでいる選手にはたまに、そんな話をします。『無我夢中、がむしゃらに頑張ってるいまの君はかっこいいよ』って」
若い世代へと語りかける勝久さんのバリトンの声は、とても暖かく響いていた。
HCはアーティストに近しい存在、大きな魅力
「人のために」という軸はぶらさない。その上で、勝久さんは「優勝」という具体的な夢の実現を渇望している。そこには、シンプルに優勝を経験してみたいという思い、そして、チャンスを与えてくれたクラブと佐藤賢次HCに恩返ししたいという思いがある。昨年の5月、佐藤HCから「今季から新しい体制でやるから、一緒にやらないか?」という電話を受けたときのうれしさは、いまでも忘れられないという。
今季、勝久さんはHC経験を存分に生かして、佐藤HCをサポートした。HCを経験する以前の自分のACぶりを振り返ると、適切なタイミングで適切な意見を提供できていた自信は、あまりない。「HCを経験してみて、『あなたの言ってることは分かるけど、いまはこれが一番大事だから』ってことが、たくさんあることに気づいたんです。いまは前と比べれば、HCが何を大切にしていて、どんな気持ちなのかを考えながら行動できるようになってきていると思います」。ACから昇格したばかりのHCと、HCを経験した2人のAC(1人は昨季まで大阪エヴェッサHCだった穂坂健祐さん)。これまでの連載でも紹介したように、三者のケミストリーは非常にマッチしたものだった。
その一方で、勝久さんは再びHCとして、チームを作り上げる喜びを味わいたいとも思っている。「HCとACの大きな違いは、決断するかしないか。一つひとつの行動に対して決断を下し、ゼロからチームを作り上げるという点で、HCはアーティストに近しい存在だと思っています。それぞれの決断には大きなプレッシャーがかかりますが、僕にとっては大きな魅力で、とても楽しいことなんです」と微笑む。
理想は、1+1+1+1+1が5でなく、それ以上になるチーム。場所は日本でも海外でも、どこでもいい。「自分たちの後に続く人たちに、バスケットの素晴らしさを感じてほしいし、バスケットを知らない人には自分たちのゲームで勇気を与えられたらなと。後は一緒にやるチームメートですよね。どこにいっても、『一緒にやれてよかったな』と思えるような人間関係を作りたいです」
プロコーチとしてのキャリアは、来年ようやく10年目を迎える。勝久さんのチャレンジはまだまだ始まったばかりだ。