大学陸上・駅伝

連載:4years.のつづき

コトブキヤの「宣伝ランナー」として、ホビーとスポーツのかけ橋に 稲田翔威4

コトブキヤの店舗で働く稲田。肩書は「宣伝ランナー」だ(写真提供・壽屋)

今回の連載「4years.のつづき」は順天堂大学で箱根駅伝を3回走り、「オタクランナー」として全国に認知され、SNSが縁で壽屋(コトブキヤ)に就職、いまは宣伝ランナーとして活動する稲田翔威選手(26)です。4回連載の最終回は、壽屋の宣伝ランナーとしての働き方、そして今後目指していくものについてです。

初の大仕事が「あんこう踊り」

2016年4月、稲田は壽屋初の「宣伝ランナー」として入社した。就職が決まったときは驚きが一番大きかった。「陸上をつづけながら好きなものにも関われるという嬉しさもありましたが、1人でやる不安もありました」。コトブキヤ陸上部は稲田のために設立された部だ。部員は1人だが、実業団登録もしている。

入社して初めての大仕事が、箱根駅伝の公約でもあった「あんこう踊り」だ。当初、罰ゲームとしての意味合いがあった公約だったが、これを壽屋がアニメ「ガールズ&パンツァー(ガルパン)」の版権元に確認。フィギュアをプロモーションする企画で、正式に踊ることになった。版権元の全面協力を得て、大洗町の各所で本格的に撮影することになった。

結果的に版権元から紹介を受けた撮影ディレクターや現地コーディネイターがアニメのシーンを忠実に再現するため、立ち位置まで細かく指示してくれたという。稲田の衣装はオリジナルの全身ピンクジャージ。陸上部担当の杉山さんは「体幹ができているので、完璧に踊れていました。関係者の皆さんも『この踊りが本当に踊れるとは……』と感心していましたよ(笑)」と教えてくれた。罰ゲームのつもりが、思わぬ「ご褒美」に変わった。

周囲の応援がモチベーションに

普段は秋葉原で店舗勤務をしている稲田。レジ打ち、接客、発注、在庫の管理と一通りの業務をこなす。立ち仕事が多く、はじめは慣れないこともあった。8時間勤務のうち、2時間を練習にあてられることになっており、毎日練習時間は確保されている。ポイント練習は休みの日にする。母校の練習や、他の実業団の練習に参加することもあるという。とはいえほぼフルタイムで働きながらとなるので、月間走行距離は300~400kmほどだ。

7月の東京選手権、先頭で積極的に引っ張る稲田(撮影・藤井みさ)

社内初の「宣伝ランナー」に対して、周囲はとてもあたたかく見守ってくれている。「店長をはじめとして、店舗の皆さんが『何かあったら言ってください』『陸上に専念できるような環境を作るので』と言ってくれています。こうやって1人でできるのも、周りの支えがあってこそだなと。いつも応援、サポートしてくださっているのは、本当にありがたいと思います」

品出しをする稲田。好きなものに囲まれた職場だ(写真提供・壽屋)

大会のあとに「大会を見たよ」「結果を見たよ」と言ってくれるのが本当に嬉しい。周囲の応援が稲田のモチベーションになっている。1人で活動するということは、頑張ろうがサボろうが誰も何も言わないということだ。楽しいと思うときばかりではない。そういうときこそ「自分は何のためにここにいるのか、自分の役割はなんなのか」と客観視して、気持ちを上げるようにしている。

けがも自粛期間も自分の糧に変えて

とはいえ、環境が変わったことにより、社会人になってから稲田は何度かけがをしてしまったという。特に19年の1年間はほとんど走れない期間が続いた。だが、けがをしたからこそ、体幹の重要性に改めて気づき、体幹トレーニングにしっかり取り組むようになった。「けがあけの全日本実業団ハーフマラソン(20年2月)では62分33秒の自己ベストを出せました。けがをしたからこそ見えたものもあって、結果的に見れば無駄な期間ではなかったと思います」

新型コロナウイルスの影響で、4月には店舗も一時休業となった。自宅での勤務となり、「少しでもおうち時間を有効に使えないか」との思いから、4月下旬からTwitterに「おうちトレ」を投稿し始めた。また、通勤がなくなり時間が増えたことによって、社会人になってから初めて朝と夕方の2部練に取り組んだ。

自粛期間の取り組みが稲田をさらに成長させた(撮影・藤井みさ)

それまで300~400kmだった月間走行距離は700km程度に増え、それが7月末にあった東京選手権にも結果としてあらわれた。夏の蒸し暑さの中で10000mを29分39秒40で走り3位に。稲田の自己ベストは昨年11月にマークした29分14秒67と考えると、調子は上がってきていると考えられる。「この期間がはからずも自分を見直す機会になりました。もっと自分を変えていこうというきっかけにもなったと思います」と前向きにとらえている。

競技面での今後の目標は5000m13分台、10000m28分台だ。「まずそこからスタートラインに立てると思っているので。ゆくゆくはマラソンの結果につながっていければと思います」

ホビー、アニメとスポーツのかけ橋になりたい

宣伝ランナーとしては、今後ホビー・アニメ業界とスポーツ業界のかけ橋になっていきたいという稲田。一見共通性がないと思えることでも、自分という存在を通して少しでも興味を持ってくれたらと考えている。箱根駅伝を走って、フィギュアを没収されるかもしれなくて、それが縁で大好きな世界で走り続ける。稲田の経歴はたびたびテレビやネットなどでも取り上げられ「走れるガルパンおじさん」「日本最速のガルパニスト」などと呼ばれることもある。店舗で「テレビで見ました」と話しかけてくれるお客さんも増えた。

ときには「稲田さんを見て陸上をはじめました」、「稲田さんのエピソードを見て、辛いことを乗り越えられました」と言ってくれる人もいる。「そういう人たちに影響してこそ、僕がここで走る意味があるのかなと思ってます」

ホビー、アニメとスポーツのかけ橋に。これからも稲田の挑戦は続く(写真提供・壽屋)

改めて稲田にとっての4years.は、どんな時間だったのだろうか。

「人生の中で本当に大きい4年間でした。箱根駅伝という夢の舞台も走れたし、いろんな地方から集まってきている同期がいて、価値観や考え方など世界が大きく広がりました。まだ26年の人生ですが、『人生が変わった』4年間、分岐点の1つだったと思います」

アニメという好きを仕事にしながら、走るという好きを続ける。これからも稲田は「宣伝ランナー」として、唯一無二の道を歩き続ける。

4years.のつづき

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