陸上・駅伝

連載:4years.のつづき

青山学院大時代の経験を糧にして、社会人として新しい価値を 安藤悠哉4

10月からプーマ ジャパンでマーチャンダイジングを担当している。毎日が刺激的だ(撮影・齋藤大輔)

大学時代を経てさまざまな分野で活躍される方のお話をうかがう連載「4years.のつづき」。今回は、青山学院大学が大学駅伝史上初めて三冠・三連覇を達成したときの主将、安藤悠哉さん(27)です。4回連載の最終回は、箱根駅伝で三連覇し胴上げされたときのこと、仕事への取り組み方、そしてこれからやっていきたいことについてです。

2年前と同じ10区で「最高の終わり方」

青山学院大は出雲駅伝、全日本大学駅伝を勝ったことで、「大学駅伝三冠」、そして「箱根駅伝三連覇」への期待も高まっていた。だが、本人たちには「必ず勝てる」という安心感のようなものはなかったという。全日本大学駅伝で早稲田大学と最後まで競っていたので、箱根駅伝でもライバルになると考えていた。「三冠というより、箱根を勝ちたい、どうしたら勝てるかな、という気持ちでした」。安藤さんは2年生のときと同じ10区アンカーを走ることになった。本当はもうちょっと主要区間を走りたいという気持ちがあったが、「全日本が良くなかったので、そこまでの信頼は勝ち取れなかったのかなと思います」と振り返る。

2年前と同じ23km。だが気持ちはまったく違っていた(代表撮影)

レースは3区で秋山雄飛が前を行く神奈川大学を捉えると、トップに立った。5区で後ろからきた早稲田大に差を詰められるも、2位と33秒の差で往路優勝。復路でも差を詰められる場面もあったが、8区の下田裕太(現・GMOアスリーツ)の激走で2位との差を532秒に広げ、9区の池田生成も快走。安藤さんのところに襷(たすき)がわたった時点では、後続の東洋大学との差は630秒に開いていた。

襷を受け取って走り出した安藤さんの心の中は、2年前とはまったく違っていた。「心に余裕がありました。競技人生最後のレースだと思っていたので、いい有終の美を飾ろう、という思いでした」。コースは変わらず23kmだが、終わるのが早く感じた。

「いろいろあったけど、最高の形で終われた」と思い返す。ゴール後に仲間から胴上げされた(代表撮影)

「もう最後なんだなっていう。でも、走っている間に思い出がめぐってくるとかは全然なかったです」と笑う。大手町のゴールにガッツポーズで飛び込んだ安藤さん。チームメートからも胴上げされた。「最高の気分でした。いろいろあったけど一番いい形で、最高の終わり方ができたと思います」

 すべては「信頼を勝ち取ること」につながる

安藤さんは卒業したら競技をやめようと、3年生のときに決めていたのだという。何がしたいとかではなく、やめると決めたのが先だった。レベルの高い選手を間近で見ていて、彼らは次のステージでも活躍するだろうなと考えられたが、自分がたとえ実業団に行ったとしても平凡な選手で終わってしまうだろうな、と思えた。「だったら早めに次のステージに行ったほうが、いいんじゃないかと」。しかしいままで競技に集中していたため、「これがやりたい」というものはなかなか見えてこなかった。考えていく上で思ったのは「やっぱり、スポーツが好き」ということだ。「好きっていう気持ちが第一にあって、あとは自分が好きでやってきたことが仕事にできたら楽しいだろうなと思ったんです」。その思いを軸に就職活動に臨み、卒業後はスポーツブランドに入社した。

競技を続ける者、新たな道に臨む者。卒業しそれぞれの道に進んだ(右下が安藤さん、写真は本人提供)

社会人になってみて、仕事と競技の共通点に気づいた。「それまでの競技生活は、監督やチームメートに走りでプレゼンをしているようなものだったんだな、と思いました。ごまをすったからといって使ってもらえるわけじゃなく、自分が活躍することによって、自分を認めてもらう。それが仕事に変わって、言葉だったり資料を使って商品の魅力を伝えたり、数字を取りに行くことになっているんですが、『信頼を取りに行く』という根本は変わっていないんだな、と思ったんです」。目標を実現するために、どういう表現や情報があったら相手を説得させられるか。「何かをプレゼンするのはすごい好きなんです」と安藤さんは笑う。

 新しいチャレンジにワクワクする日々

「信頼を勝ち取る」プレゼンの思考で、セールスで結果を出してきた安藤さん。この10月にはプーマ ジャパンに転職し、商品MDの部門を担当している。グローバル展開しているブランドの方向性を理解し、それを日本向けに落とし込み、社内にいるそれぞれの営業担当にインプットしてセールスしてもらうという仕事だ。プレゼン先は社外から社内に変わり、会社のブランディングも含めた戦略を考えられる現職に、とても面白みとやりがいを感じている。

プーマは今年の春夏からランニングを強化していこうという方針になり、そこに魅力を感じたのも転職の理由だという。「まずはランニング市場で存在感を出せるように頑張っていきたいです。あとは自分もランナーだったので、自分にしかできないこと、経験を生かした自分ならではの取り組みをやっていきたいです」

ランニング市場で存在感を出していきたい。新しい挑戦に胸が躍る(撮影・齋藤大輔)

まだ入社して期間は短いが、仕事に慣れたら自分なりの提案をどんどんしていきたい、と語る。「ワクワクしていますね。僕が入社したときにグローバルに長く関わってきた萩尾(孝平)さんに社長も変わって、いろいろと強化していこうとしています。自分としても身近に目標にできる方がいるのは刺激的だし、楽しみでしかないですね」

良いことも悪いことも、すべてが生きる

大学時代の経験が今に生きていることはありますか、と聞いてみると、少し考えて「さっきも言った『走りがプレゼン』じゃないですけど、どういうふうにしたら結果が出るか、認めてもらえるか、何をすべきか優先順位を考えて決めてきました。苦しい時間も多かったけど、しっかり考えて実行したら自分の目標を達成することができたので、やっぱり考えてアクションを起こすのは大事だと思います」。そういった経験が、社会人になっても「壁は多いけど、やっていけば乗り越えられる」と考えられる力になっている。「でも悩むことはたくさんありますけどね」と笑う。「できないとは決めつけず、まずは線を引かずに『できるものだ』と考えて進めていく。その中でできないことが出てくるので、どうしたらいいか考えていく。その繰り返しだと思います」

良い経験も悪い経験も、すべて社会人になったときに役に立つと話す(撮影・齋藤大輔)

最後に、いまスポーツに打ち込んでいる大学生たちにエールを送るとしたら? とたずねると、「ネタを作ろう、ですかね」と少し意外な言葉が返ってきた。「箱根駅伝で活躍したことももちろん大きな経験だし、ネタなんですが、1年生のときに走れなくて腐っていたこともまた、大事なネタなのかなと思います」。なぜそう思うかというと、社会人になったときにそういった引き出しを持っていることで、人間味が出たり人との距離が縮まった経験があるからだという。「だから逆にいえば、『何かやらかした』と思ったら、いいネタができたな、と頭を切り替えてほしいなと思います。ネタになる、いろんな経験をしてきたほうが、社会人では生きると思うので。学生時代は失敗を恐れず、いろんなことをしてほしいなって思いますね」。酸いも甘いも経験してきた、安藤さんらしいエールだ。

すべての経験を糧にして、安藤さんはこれからも前に進んでいく。

4years.のつづき

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