関西大学・草場慎之介 常に喜んで戦ったラストイヤー、次は「お笑い」の道に挑戦
2022年の関西学生アメリカンフットボールリーグ1部を盛り上げた立役者は、関西大学カイザーズだった。3年ぶりに復活した8校のリーグ戦で、第5節に立命館大学との全勝対決を制した。しかし王者・関西学院大学の壁は厚く、13年ぶりの甲子園ボウル出場はならず。強力な関大オフェンスを支えた5人のOL(オフェンスライン)の1人が、4年生の草場慎之介(高槻)だった。彼はお笑い芸人を志し、この春から養成所に進む。ダウンタウンやナインティナインをはじめ、名だたる芸人たちが輩出してきたNSC吉本総合芸能学院だ。
OLとかけてお笑いととく、その心は
草場にとって、昨年11月26日の近畿大学戦(28-14で勝利)がフットボール人生を締めくくる試合になった。試合後のフィールド脇で少し取材したあと、彼に「オフェンスラインとかけまして、お笑いとときます。その心は」と振ってみた。「どちらも下積みが長いでしょう」。出来は別にして、返しのスピードには驚かされた。
大阪の高槻中学校でアメフトを始めた。高槻高校3年生のとき、春の関西大会で優勝した。しかし、最初から大学でもアメフトをやろうと思っていたわけではない。文化祭のときの記憶が、草場の心の中にずっとあった。「友だちと一から考えて漫才をやったんですけど、爆笑をかっさらったんです」。初めて大勢の人前でウケた喜びは、何にも勝るものだった。高卒でお笑いの道へ進むことを考えた。ただ、親から何度も「大学は出とき」と諭され、進学することにした。
草場には2学年上の兄、優之介さんがいる。弟が高3のとき、兄は1浪して入った関大でアメフト部に入っていた。「大学に行くなら一緒のチームでアメフトをやりたい」と、弟も関大へ進んだ。大学は1学年上になった兄はWRで、4年生の秋に3キャッチ42ydの記録を残している。草場は2年生のときに一時RBでプレーしたが、ほぼ試合に出ることなくOLに戻った。3年生のとき甲子園ボウルの西日本代表決定準決勝で立命館に1点差で負け、シーズン終了。サイドラインから見ていた草場は「すごく悔しくて、もう同じ思いはしたくない」と振り返る。
「OLが仕事をしてこそ、ほかの選手は活躍できる」
身長175cmと大きくはない。OLとして試合に出るために、まずは増量だと、食べに食べた。3年秋のシーズンに98kgだった体重は、4年の夏に112kgまで増えた。大学ラストイヤーで初めて、右のG(ガード)でスターターの座をつかんだ。昨年の関大のOLといえば、ハドルが解けるときの右T(タックル)田川颯佑(4年、龍谷大平安)の派手なジェスチャーと叫びが一つの見ものだったが、隣の草場も常に「よっしゃいくぞ」とばかりに右腕を上げていた。
3年ぶりに立命館に勝った試合で、草場には忘れられないプレーがある。26-21とリードして、試合残り58秒。自陣31ydからの第3ダウン残り8yd。ここで攻撃権を更新できれば勝利は関大の手中となり、できなければ、まだ分からない。関大は主将のRB柳井竜太朗(4年、関大一)のランにかけた。草場は相手LB(ラインバッカー)をしっかりブロックしたあともプレーをやめずに前に出て、柳井をタックルしようとしたDB(ディフェンスバック)にぶち当たった。そのおかげで柳井はわずかに攻撃権更新のラインを越えた。
草場にOLとしての喜びについて尋ねると、「常に喜んでます」と満面の笑みで返した。「OLがしっかり仕事をしてこそ、ほかの選手は活躍できる。だから全プレー喜びながらやってます」。2018年から「OL魂」でOLたちを取材してきたが、常に喜びがあると答えたのは草場だけだ。
「ロングコートダディ兄さんです」
高槻高校アメフト部元監督の依藤容直さん(現・京都大学アメフト部コーチ)に、草場の中高生時代について尋ねた。「文化祭の話は知りませんでしたねえ。私の知ってる草場君は『持ってる』男ですよ。ラッキーボーイです。高槻では攻守両面のラインだったんですが、中にブリッツを入れたら、QBが外に逃げてきて『ごっつあん』のサックを決めるタイプ。何か持ってるので、大物になってほしいですね。厳しい世界でもやっていける忍耐力は、高校時代に培ったんじゃないかな」
本人にあこがれているお笑い芸人を聞くと、「ロングコートダディ兄さんです」と即答。次の世界での礼儀も身につけている。「できれば売れて、お笑いで長くやっていきたい」。相方を見つけ、漫才がやりたいという。
お笑いの道へ進むことを、カイザーズの仲間たちは「わりと」応援してくれるそうだ。アメフトで学んだ「メリハリの大切さ」を胸に、草場は厳しくて、でも夢のある世界に飛び込む。