ボクシング

連載: プロが語る4years.

WBCミニマム級暫定王者・重岡優大 プロでの活力になっている、拓殖大学の仲間たち

WBCミニマム級暫定王者の重岡は拓殖大ボクシング部出身(撮影・杉園昌之)

今回の連載「プロが語る4years.」は、男子プロボクシングで活躍するWBC世界ミニマム級暫定王者の重岡優大(ゆうだい、26)です。2019年3月、4年生を迎える前に拓殖大学を中退しましたが、八王子国際キャンパスではかけがえのない物を手にしたと言います。念願の世界チャンピオンになった今も胸に深く刻み込まれている特別な3年間を振り返ってもらいました。

中退後も試合に駆けつけてくれる

2023年4月16日、WBC世界ミニマム級暫定王座決定戦のリングに向かう途中、東京・代々木第二体育館の2階席付近から聞き覚えのある大きな声援が飛んだ。おなじみの入場曲、COMPLEXの「BE MY BABY」が大音量で響き渡るなかでも、重岡の耳にはしっかり届いていた。

「声の主が誰なのか、すぐに分かりましたよ。拓大ボクシング部でいつも一緒にいましたから」

かつてのチームメートは卒業後、東北や九州に移り住んだ者もいるが、毎試合のように会場に駆けつけてくれるという。同じ釜の飯を食った同期、先輩、後輩らとの関係は、どれだけ時間が経っても変わらない。「3年間、苦楽をともにしましたから。だから、今でもつながっているし、これから先も絶対、一生仲間」。拓大を離れて4年になるが、大学時代に過ごした時間は昨日のことのように思い出せる。

暫定王座決定戦の際も、拓大時代の仲間が応援に来てくれた(©3150FIGHT)

授業も練習も生活も、すべてキャンパス内で完結

重岡は熊本市で生まれ育ち、地元の開新高校ボクシング部ではキャプテンを務めて、インターハイ2連覇を含む高校4冠を達成。関東、関西の強豪大学からいくつも勧誘を受ける中、東京の拓大を選んだ。決め手となったのは、気になる同年代の存在だった。

「僕よりも全国優勝回数が多い、高校5冠の選手が1人だけいたんです。軽量級の僕とは違い、重量級(ミドル級)でしたが、全国大会では毎回のように姿を見かけました。強いだけではなく、礼儀正しくて、リングに上がるときのあいさつ一つ取っても実直さが伝わってきました。ボクシングにも人間性がにじみ出ていました。(江南義塾盛岡高校の)梅村錬が拓殖大に進むと聞き、僕も行きたいと思ったんです。一緒に練習して強くなりたいって」

熊本から上京してきた重岡の決断は、間違っていなかった。拓大ボクシング部には、真面目一徹な岩手出身のボクサーをはじめ、全国から拳闘に情熱を注ぐ選手たちが集まっていた。同期は10人に満たない少数精鋭。高尾山に近い八王子国際キャンパス内の寮での生活は、想像に難くないだろう。

「都会の誘惑に惑わされることもなかった。都心までは1時間以上かかるし、わざわざ出ていく気も起きなくて。お金も時間ももったいないし。同じ寮には空手部、レスリング部、相撲部と格闘系の部活が集まり、男臭い中で毎日を過ごしていました。相撲部が湯船につかった後に風呂場に行くと、お湯がなくなるのは困りましたけどね(笑)。そういう日常も楽しかったですよ」

拓殖大ボクシング部での経験は、かけがえのないものだった(本人提供)

授業も練習も、すべて八王子国際キャンパス内で完結。寝ても起きても、一心不乱に競技に打ち込める環境だった。朝6時に起床し、その30分後には約1時間のロードワーク。夕方からは主にジムワークをたっぷり2時間前後。全員でのサーキットトレーニングは、部活ならではのメニューだという。

「プロとは全然違う。部活には部活の良さがあるんです。1人では追い込めないことでも、みんなで鼓舞しながら取り組めば、どんなにしんどくても体が動きますから」

団体戦で強まった「一体感」

主要大会の一つである関東大学ボクシングリーグは、階級別の団体戦。個人スポーツでありながら、チームで戦うことでさらに一体感は強まった。メイン会場の後楽園ホールは、プロにはない独特の雰囲気が漂う。熱のこもった応援を受けて、大学の代表としてリングに上がれば、当然、気合も入る。

2016年5月、1年生で初めて出場したリーグ戦は、はっきりと覚えている。先鋒(せんぽう)のライトフライ級で拳を交えたのは、当時、東京農業大学3年の桑原拓(現・OPBF東洋太平洋フライ級王者)。高校時代に合宿のスパーリングで人生初のダウンを奪われた因縁の相手である。

「桑原さんはディフェンスがうまくて、まともにパンチを当てることもできずに判定で負けました。めちゃくちゃ悔しくて記憶に残っている試合ではあるけど、会場の盛り上がりも忘れられなくて。楽しかったんですよね。(高校まで着用していた)ヘッドギアなしで初めて戦えるのも気持ちよかった」

昔を思い返すと、ふと頭に浮かぶ試合は悔しさを味わったものばかりだ。当時、日本大学の坪井智也(現・自衛隊/21年世界選手権バンタム級金メダリスト)に敗れたときは、あらためて相手の強さを実感。負けを経験するたびに「次は絶対に勝つ」という思いで練習に取り組んできた。ただ、涙を流したのは、スパーリングでのことだった。「公式戦で負けるときは接戦が多くて、実力を出し切っての敗戦でしたが、練習は違った。(ライトフライ級より)上の階級の強い選手たちと戦うことも多くて、自分の無力さを感じ、トイレやシャワールームでよく泣いていました」

拓大ボクシング部のチームメートは「これから先も、一生仲間」(本人提供)

東京オリンピックで実施階級に含まれず、葛藤

泣くたびに強くなった重岡は大学3年目のリーグ戦が夏に終わると、キャプテンに就任した。同期、後輩たちにより目を配るようになり、丁寧にアドバイスを送ることもあれば、厳しい言葉を掛けることもあった。練習方法、パンチの打ち方など、細かいところまで指摘。ボクシングを離れると、後輩たちが萎縮しないように気を配ったが、練習中は表情を変えて、全体を引き締めた。チーム全員で強くなることを意識していたという。

「自分が一番強くなってやるという気持ちはありましたが、キャプテンとして引っ張っていく思いも強かったです。プロに転向してからは自分が強くなることを一番に考えて練習していますが、部活時代は違いましたね」

拓大ボクシング部に情熱を注ぎ続ける中、大学3年の冬に予期せぬ一報を受けた。東京オリンピックの実施階級に重岡が主戦場とするライトフライ級は含まれていなかったのだ。高卒でプロに転向せず、大学に進学してアマチュアボクシングを続けたのも、近くに迫る東京オリンピックのため。中学校2年生で本格的にボクシングのみに打ち込んだときから、大きな目標はプロの世界チャンピオン。その過程にアマチュア最高峰の舞台があった。

「『あと1年、アマチュアを続ける必要はあるのか』と自らに問いかけました。五輪出場の可能性がなくなったことに加えて、ちょうどその時期に幼い頃からずっと一緒に空手、ボクシングをしてきた弟の銀次朗(現・IBF世界ミニマム級暫定王者)が高卒でプロデビューし、華やかな舞台で活躍するようになっていたんです。大学の仲間と練習するのは楽しかったのですが、僕も早くプロに行きたいと思うようになりました」

オリンピック出場の可能性がなくなり「早くプロに行きたい」と思うように(撮影・杉園昌之)

中退しても、卒業する同学年の送別会に呼んでくれた

キャプテンを務めた期間は、実質1年弱。中洞三雄監督をはじめ、同期、後輩たちは、世界を見据えてボクシングに人生を懸ける重岡の決断を理解してくれた。中退から約半年後の2019年10月30日、ハードパンチャーを印象付ける2回TKO勝ちで鮮烈なプロデビュー。新たな道を歩き始めたときだった。2020年の春、卒業式を迎えた拓大ボクシング部の仲間から1本の連絡が入った。

「『4年生の送別会をするから高尾まで』と言われて、中洞監督もいるからと。正直、卒業していなかったので躊躇(ちゅうちょ)していたのですが、監督も優大を呼んでいるからって。申し訳なく思いつつも、すごくうれしかったですね」

卒業する4年生と同じように部員全員の寄せ書きが入った色紙を手渡され、中洞監督からは「いつでもまた練習に来い」と言われた。濃密な3年間は4年分に値したのかもしれない。仲間たちの思いはひしひしと伝わってきた。大学でのタイトルは、社会人もエントリーする全日本選手権での優勝のみ。リーグ戦は無冠。勝ち得たトロフィーこそ少なかったが、何物にも代えがたいものを手に入れた。

中退しても、拓大の同期が卒業する際の送別会に呼んでくれた(本人提供)

「同期の仲間たちに出会えたことが一番。今も感謝しているし、大切にしたいもの。拓殖大に行って、本当に良かった。ボクシングで生きていく上での活力になっているので。同期のみんなが自慢できる存在でありたい。『昔、俺はあいつと毎日一緒に練習していたんだ』って。卒業してボクシングをやめた仲間もいますし、今はそんな彼らの思いを勝手に背負って戦っています」

WBC正規王座の次は防衛・統一戦とさらに上へ

プロ7戦目でWBC暫定世界王座に就いた26歳の重岡は、尽きない野心を隠そうとはしない。10月7日には兄弟でのダブル世界戦が予定されており、目下のターゲットであるWBCの正規王座に就くことだけにはとどまらず、さらに上を見ている。

「僕のプロキャリアは始まったばかり。その次は防衛、他団体との統一戦、そして階級を上げるという選択肢もある。どんどん強くなっていく姿を仲間たちに見せたい。僕も活力をもらっているけど、みんなにも活力を与えたいんです」

秋に予定される兄弟でのダブル世界戦を見据え、練習を積む(撮影・杉園昌之)

拓大の同期だった関根幸太朗(日本スーパーライト級5位)は卒業後、重岡の後を追うように同じワタナベジムに入門。今もともに練習に励み、チャンピオンを目指している。拓大に入るきっかけとなった梅村は一度競技から離れたものの、ひたむきにボクシングに向き合い続ける重岡と関根の姿に感化され、最近、再びアマチュアのリングへのカムバックを模索しているという。

「たとえ、ボクシングじゃなくても、僕の姿を見て、また何かに挑戦したいと思ってもらえるとうれしいです」

熱い言葉にはあふれる思いがにじんでいた。仲間たちの誇りであり続けるために、まだまだステップアップしていくつもりだ。

プロが語る4years.

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