ラグビー

連載:4years.のつづき

ブレずに集中、節目の年に大学日本一 高田晋作3

高田さんは14年ぶりの大学日本一に輝き笑顔を見せた(本人提供)

大学生アスリートは4年間でさまざまな経験をする。競技に強く打ち込み、深くのめり込むほど、得られるものも多い。学生時代に名を馳(は)せた先輩たちは、4年間でどんな経験をして、社会でどう生かしているのか。「4years.のつづき」を聞いてみよう。慶應義塾體育會蹴球部(ラグビー部)が創部100周年を迎えたときの主将、高田晋作さん(40)の3話目は大学3年と4年のときのお話です。

前回の記事「「魂のラグビー」の本質に触れて」はこちら

前年度の逆転負けがスタート

高田さんが4年生の1999年度、慶應ラグビー部は創部100周年を迎えた。アニバーサリーイヤーのプレッシャーをはねのけ、関東大学ラグビー対抗戦、そして大学選手権で見事に優勝を果たすことになる。その伏線は前年の1998年度からの取り組みにあった。

AO入試を活用して有望選手への声かけを進めていた一方、練習環境ではフルタイムコーチとして林雅人(現テクニカルアドバイザー)さんを招いた。さらに現在、プロ野球の楽天イーグルス、Jリーグのヴィッセル神戸社長の立花陽三さんがBKコーチを務めるなど、ポジションごとにコーチを配置。また、当時では珍しく栄養面の配慮も万全だったという。
上田昭夫監督によるさまざまな改革でチーム力が上がった。そして高田さんの学年が上がるにつれ、戦い方も成熟してきた。

2年生のときはメンバーこそ揃っていたが、再び早慶戦で勝利し意地を見せたものの、勝ち星を重ねられず大学選手権出場は叶わなかった。しかし3年生になると対抗戦で2位と大躍進。13年ぶりに出場した大学選手権でもベスト4に進出し、国立競技場にも立った。準決勝では明治と対戦。ロスタイムまでリードしていたが、ラストプレーで明治のNo.8齊藤祐也(3年、東京)に逆転トライを許して18-24と敗戦。このときの悔しさが出発点だった。

高田さんは学生時代の思い出を昨日のことのように語った

大きかった上田監督の支え

「4年生のときは絶対優勝というよりも、悔しい思いをした準決勝の壁を越えたいというのが一番のモチベーションでした。そういう意味では新チームになってガラッと変わったのではなく、前年度のチームを引き継いだという意識が強かったです」

同期の仲間による投票のあと、上田監督から指名を受け、高田さんはキャプテンに就任。このとき高田さんは、チームとして勝利を目指していきながら100人の部員がそれぞれの持ち場でベストを尽くせるようにしないといけないという、学生スポーツの難しさを感じていた。「自分自身が未熟だったこともあって、舵取りは難しかったです」と高田さんは振り返る。それでも副将のSO金沢篤(4年、慶應/現ヘッドコーチ)ら頼れる存在がいて、ジュニアチーム(3軍以下)のリーダーにも4年生を配してサポートしてもらうことで、チームの強化に集中できたという。

また上田監督のサポートも大きかった。日本のラグビールーツ校の創部100周年というメディアからの注目も、上田監督が矢面に立ってくれたことで大きなプレッシャーには感じなかった。「チームは社会の縮図だと思います。上田さんが大将で、その下にフルタイムコーチの林さんがいて、私は現場をリードする主将として、なんでもスムーズにやらせてもらったと思います。上田さんは僕らがラグビーに集中できる環境をつくってくれました」と感謝する。また上田監督も高田主将に信頼を置いていたこともあり、監督と主将の2人がチームを引っ張るスタイルができていた。

そして勝負の秋を迎える。慶應は全勝で駆け抜けて15年ぶりに関東大学ラグビー対抗戦で優勝。その過程でターニングポイントになった試合があった。それは全勝同士で迎えた11月23日、伝統の慶早戦だった。

前半は5-18の劣勢で終えた。このシーズン、初めて前半をリードされてハーフタイムを迎えた。「後半、自分たちが相手より勝っている部分で戦おうと意思統一を図って勝負しました。それがはまって逆転勝ちできたんです。プレーしながら早稲田にアジャストできました」と高田さん。後半はスクラムに固執せず、ラインアウトからのアタックがうまくいってトライに結びついたのが大きかった。この勝利で慶應は勢いに乗った。

大学選手権1回戦は33-7で法政大を下し、準々決勝は日大に43-29で勝利。前年度敗れた準決勝で、強豪と目されていた同志社大と対戦。下馬評はFWの強い同志社が有利だった。それでも再び「自分たちの勝っているところで勝負しよう」と臨み、25-19で逆転勝ちした。

慶早戦、ラインアウトでボールを確保しようとする高田さん(本人提供)

決勝は関東学院に快勝

決勝の相手である関東学院大には、史上2校目の3連覇がかかっていた。慶大は春に対戦し、ボロ負けしていた。それが精神面でプラスに働いたのかもしれない。高田さんは言う。「経験値を含め、完全に相手の方が格上でしたし、新チームになって決めた1月2日の準決勝に勝つという目標を乗り越えていたので、もう前半から思いっきり自分たちのパワーを出せました」。1回戦から準決勝までは後半に逆転する試合展開だったが、決勝では会心の試合運びを見せ、27-7で快勝した。

「メディアの取材もたくさん受けたんですけど、上田監督のおかげでプレッシャーよりも期待されていると感じられました。そして、ブレないで自分たちのラグビーに集中して。もしかしたら私の性格的な部分もあるかもしれないですが、前の代の敗戦の悔しさを乗り越えるというところに焦点を絞ってやってました。それがプレッシャーに負けず落ち着いて戦うことにつながり、勝つことができました」

100周年という大きな節目の年に、14年ぶり3度目の大学日本一に輝いた。プレー中もTVのインタビューでも常にクールな表情を見せていた高田主将だったが、このときばかりは最高の笑顔で優勝カップを何度も何度も空に掲げていた。

大学選手権優勝を決め、国立競技場をウィニングランする高田さん(中央)(本人提供)

●慶応ラグビー部元キャプテン・高田晋作さんの「4years.のつづき」全記事 

1.街とラグビーを掛け合わせたい 2.「魂のラグビー」の本質に触れて 3.ブレずに集中、節目の年に大学日本一 4.ラグビーから学んだこと

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